演奏者の個性を尊重しながらも自分が目指す音楽を作り上げていく山田和樹の見事な手腕
山田和樹が芸術監督兼音楽監督を務めるモンテカルロ・フィルハーモニー管弦楽団を率いての東京公演初日。山田の豊かな才能が全開となる素晴らしい演奏が披露された。来年6月にベルリン・フィル定期へのデビューが決まり、直近では米国のトップ・オケ、シカゴ響との初共演(5月16~21日)を成功裏に終えて文字通りの凱旋となった今回の日本公演。彼の音楽はもちろん、所作からも気負いはまったく感じられず、オケやソリストの美点を最大限に活用しながら、彼ならではの音楽作りで満員の聴衆を魅了した。
前半はオール・ベートーヴェン。1曲目の「コリオラン」序曲からオケのキャラクターが明らかになる。モナコ公国はフランス語圏ということもあって、オケのスタイルもフランス的である。ファゴットではなくバソンを使い、コントラバスも全員フレンチボウであった。厚いハーモニーに埋没してしまいがちな木管楽器の内声部が明瞭に耳に届き、「コリオラン」序曲の今まで気付かなかった美しさを再認識させられる思いがした。
2曲目のピアノ協奏曲第3番は藤田真央の繊細かつ流麗な独奏に山田とモンテカルロ・フィルは柔軟に対応。結果、固定観念にとらわれない藤田のピアノの魅力が存分に引き出される演奏に仕上がっていた。第1楽章のカデンツァ(ピアノだけの独奏)で、矢代秋雄による珍しい版を採用していたことも興味深かった。
メインの幻想交響曲ではデリケートなピアニッシモを多用することで音量の幅を広く取り、テンポを自在に変化させるなどして起伏に富んだドラマティックな演奏が繰り広げられた。管楽器のソロも雄弁。オケの特色を尊重しながらも、自らが目指す音楽へと収れんさせていく山田の手腕はなかなかのものである。第3楽章以降、曲が進むにつれてデモーニッシュな雰囲気が色濃くなり、第5楽章のC(ド)とG(ソ)の鐘の音にピアノを重ねて不気味な雰囲気を創出。さらにコーダ直前にはいったんテンポと音量を落とし不気味さをさらに強調した後に、爆発的にコーダへとなだれ込むフィナーレの構築は圧巻であった。万雷の喝采に応えてビゼーの「アルルの女」から〝ファランドール〟をアンコール。オケが退場後も鳴り止まない拍手に山田はメンバーを率いてステージに再登場する盛り上がりとなった。
(宮嶋極)
公演データ
モンテカルロ・フィルハーモニー管弦楽団 日本公演
2024年5月27日(月)19:00 サントリーホール
指揮:山田 和樹
ピアノ:藤田 真央
管弦楽:モンテカルロ・フィルハーモニー管弦楽団
プログラム
ベートーヴェン:序曲「コリオラン」Op. 62
ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第3番ハ短調Op.37
ベルリオーズ:幻想交響曲Op.14
ソリスト・アンコール
ブラームス:8つのピアノの小品より第8番カプリッチョ
オーケストラ・アンコール
ビゼー:「アルルの女」第2組曲より〝ファランドール〟
みやじま・きわみ
放送番組・映像制作会社である毎日映画社に勤務する傍ら音楽ジャーナリストとしても活動。オーケストラ、ドイツ・オペラの分野を重点に取材を展開。中でもワーグナー作品上演の総本山といわれるドイツ・バイロイト音楽祭には2000年代以降、ほぼ毎年訪れるなどして公演のみならずバックステージの情報収集にも力を入れている。