驚異的な楽員の集中力 首席客演指揮者ヴァルチュハと読響の蜜月時代到来
1976年スロヴァキア、ブラチスラヴァ生まれの鬼才ユライ・ヴァルチュハは2022年8月の読響との初共演が大成功を収め、今年4月に読響の首席客演指揮者に就任した。プログラムは就任記念にふさわしい大曲マーラー「交響曲第3番」。
ヴァルチュハは新たなポストを得て周到な準備で臨んだのだろう。緻密で奥の深い指揮で読響を導いた。読響の楽員はヴァルチュハと恋に落ちたかのように目の色が違う。その集中力は驚異的、全員がほぼ完ぺきな演奏でヴァルチュハの指揮に応えた。
第1楽章冒頭のホルン(8本+アシスタント)の斉奏が一糸乱れず雄大に吹かれた時点で「始め良ければ終わり良し=最初が良ければ最後までうまくいく」を確信した。トランペット、トロンボーンのソロや重奏もことごとく決まる。
第2楽章の前に合唱とソリストが入場。この楽章は表情豊かなオーボエや弦の繊細な美しさが際立った。
第3楽章では元東響首席トランペット奏者の佐藤友紀が2階オルガン横、下手側ドアの奥で、本物のポストホルンを吹いた。その音はトランペットとは異なり、遠くから響いてくるような懐かしい響きがあった。
第4楽章のニーチェ著『ツァラトゥストラはかく語りき』からの詩をメゾ・ソプラノのエリザベス・デションがしっとりとして深く、強靭さを兼ね備えた声で歌った。
第5楽章では、30名の東京少年少女合唱隊と、42名の女声合唱(国立音楽大学)がデションとともに、爽やかな歌声を聴かせた。
間を置かず入った第6楽章、ヴァルチュハは指揮棒を持たず、両手で細やかに表情をつけていく。弦は天国を思わせる神聖な表情で主題を奏でる。途中の不穏な盛り上がりの後、フルートとピッコロが場を浄めるように吹かれ、主題の三度目の再現から金管を中心にコーダに向け力強く歩んでいく。最後は二組のティンパニとともに輝かしい頂点を築いた。
ヴァルチュハの指揮は、緻密で明晰であるとともに、優れたオペラ指揮者でもあることを示すように起承転結の運びが巧みだ。今日のマーラーも頭から一気に惹きこまれ、最後まで魅了され、時の流れを忘れるほど。ヴァルチュハと読響の公演は今後も目が離せない。
(長谷川京介)
公演データ
読売日本交響楽団 第638回定期演奏会
2024年5月21日(火)19:00サントリーホール
指揮:ユライ・ヴァルチュハ
メゾ・ソプラノ:エリザベス・デション
女声合唱:国立音楽大学
児童合唱:東京少年少女合唱隊
管弦楽:読売日本交響楽団
プログラム
マーラー:交響曲第3番 ニ短調
はせがわ・きょうすけ
ソニー・ミュージックのプロデューサーとして、クラシックを中心に多ジャンルにわたるCDの企画・編成を担当。退職後は音楽評論家として、雑誌「音楽の友」「ぶらあぼ」などにコンサート評や記事を書くとともに、プログラムやCDの解説を執筆。ブログ「ベイのコンサート日記」でも知られる。