ヴァイグレ指揮読響の劇的な演奏、藤村実穂子ら歌手陣の見事な歌唱
アルゴスの王、トロイ戦争でのギリシャ軍の総帥アガメムノンは、妃クリテムネストラ(藤村実穂子)とその姦夫エギスト(シュテファン・リューガマー)により浴場で殺害された。アガメムノンの娘エレクトラ(エレーナ・パンクラトヴァ)とその弟オレスト(ルネ・パーペ)は、母と、王位を簒奪したエギストへの憎悪に燃え、秘かにその復讐の機会を狙っていた――。
このような背景の中に始まるリヒャルト・シュトラウスのオペラ「エレクトラ」は、最強奏でたたきつけられる「アガメムノンの動機」による導入部から、息もつかせぬほどの激烈で凄絶な音楽が展開する作品である。全曲に満ちる緊迫感は、前作「サロメ」をはるかにしのぐものだ。
この劇的なドラマを、オペラの指揮に長じたセバスティアン・ヴァイグレは、常任指揮者として気心知れた読売日本交響楽団を鮮やかに制御しつつ、極めて鋭い響きをもって描き出した。特にオレストが復讐を遂げる場面から幕切れにかけて音楽が怒号し続ける個所などでは、シュトラウスの表現主義時代の異様な熱狂の作風を見事に再現していたと言えるだろう。オーケストラの音にはもう少し豊かな厚みと深みと、官能的な味わいが欲しいところだったが、これは2回目の演奏(21日)には改善できる範囲のものと思われる。
歌手陣は、脇役の日本人歌手たちも含めて、強力だった。題名役のパンクラトヴァは、この役にありがちな「むやみに吠える」声に陥らず、王女としての品格を保った歌唱で全曲を貫いた。王妃役の藤村は性格的表現に秀でた見事な歌唱で、久しぶりにオペラ歌手としての彼女の本領を日本で発揮してくれたという感だったし、出番こそ少ないもののパーペの底力ある歌唱もドラマの中盤を引き締めるに充分だった。妹役のクリソテミスを歌ったアリソン・オークスはすこぶる強靭な声で、親殺しなど思いもよらず、ただ安寧の生活のみを願うこの女性の役としては少々表現過多という印象もなくはない。
いずれにせよ、物凄い物語の、物凄い音楽。素晴らしい作品である。上演時間は休憩なしの約1時間40分。
(東条碩夫)
公演データ
東京・春・音楽祭2024
R.シュトラウス:歌劇「エレクトラ」(演奏会形式上演)
2024年4月18日(木)19:00 東京文化会館大ホール
指揮:セバスティアン・ヴァイグレ
エレクトラ(ソプラノ):エレーナ・パンクラトヴァ
クリテムネストラ(メゾ・ソプラノ):藤村実穂子
クリソテミス(ソプラノ):アリソン・オークス
エギスト(テノール):シュテファン・リューガマー
オレスト(バス):ルネ・パーペ
第1の侍女(メゾ・ソプラノ):中島郁子
第2の侍女(メゾ・ソプラノ):小泉詠子
第3の侍女(メゾ・ソプラノ):清水華澄
第4の侍女/裾持ちの侍女(ソプラノ):竹多倫子
第5の侍女/側仕えの侍女(ソプラノ):木下美穂子
侍女の頭(ソプラノ):北原瑠美
オレストの養育者/年老いた従者(バス・バリトン):加藤宏隆
若い従者(テノール):糸賀修平
召使:新国立劇場合唱団
前川依子、岩本麻里
小酒部晶子、野田千恵子
立川かずさ、村山 舞
管弦楽:読売日本交響楽団
合唱:新国立劇場合唱団
合唱指揮:冨平恭平
とうじょう・ひろお
早稲田大学卒。1963年FM東海(のちのFM東京)に入社、「TDKオリジナル・コンサート」「新日フィル・コンサート」など同社のクラシック番組の制作を手掛ける。1975年度文化庁芸術祭ラジオ音楽部門大賞受賞番組(武満徹作曲「カトレーン」)制作。現在はフリーの評論家として新聞・雑誌等に寄稿している。著書・共著に「朝比奈隆ベートーヴェンの交響曲を語る」(中公新書)、「伝説のクラシック・ライヴ」(TOKYO FM出版)他。ブログ「東条碩夫のコンサート日記」 公開中。