帝王ムーティのタクトの下、演者が混然一体となった堂々たる威容の「アイーダ」
東京・春・音楽祭後半のハイライトであるリッカルド・ムーティ指揮によるヴェルディ「アイーダ」演奏会形式上演。平日の昼にもかかわらず東京文化会館大ホールは満員の盛況ぶりでファンの期待の大きさが表れていた。それに応えてムーティは20周年記念にふさわしい堂々たる威容を示す演奏を聴かせてくれた。終演後は客席が総立ちのスタンディングオベーションが繰り広げられるほどの盛り上がりとなった。
第1幕の前奏曲から全体にゆったりとしたテンポで、ひとつひとつのフレーズ、一音一音にまで豊かなニュアンスが繊細に込められていく。どのフレーズを強調するのか、どの音をタップリと弾くのか、そしてどのパートに重きを置くのか、ムーティの指示の下、東京春祭オーケストラと東京オペラシンガーズ、そして歌手たちが混然一体となって高い緊張感を漲らせながら物語を掘り下げるように音楽が紡がれていく。微細な弱音から強烈なフォルティシモまでダイナミックレンジ(音量の幅)はかなり広くとられ、テンポも柔軟に変化していく。しかし、アチェレランド(次第に加速すること)を多用して煽り立てるような場面は一切なく、逆に第1幕2場、神殿のシーンの幕切れではテンポを落として荘重な雰囲気を醸し出して締めくくった。戦勝を祈るラダメスたちの強い思いが説得力をもって表現され聴く者の心に響く。こうしたことはムーティのヴェルディへのリスペクト、作品に対する深い理解と共感がなせる業(わざ)にほかならない。
有名な第2幕「凱旋の場」も大音量をとどろかせて勢いで押すのではなく、各パート、各声部のバランスを絶妙に調整しながら壮麗な響きを構築していたことにも驚かされた。第3幕のドラマティックな表現の数々、第4幕の美しく静謐(せいひつ)な終結、いずれも心を深く揺り動かすものであった。
歌手陣で最も大きな喝采を集めていたのはアムネリス役のユリア・マトーチュキナ。特に第4幕1場の情感豊かな表現は見事であった。題名役のマリア・ホセ・シーリ、ルチアーノ・ガンチ(ラダメス)らほかの歌手たちもムーティの意図にしっかりと沿った高水準の歌唱で公演成功に大きな役割を果たしていた。
この日一番の殊勲はムーティが全幅の信頼を寄せる東京春祭オケであろう。在京オケのコンマスや首席奏者らを中心に若い腕利きプレイヤーによって編成された春祭オケはメンバーが毎年少しずつ入れ替わってはいるが、ムーティの教えを着実に蓄積し、今や高度な要求にも自在に応えられるようになった。そしてコンマスを務めた郷古廉(N響第1コンマス)の指揮者とのコンタクトの取り方とオケ全体のリードの姿勢が少し変わったようにも感じた。「トリスタンとイゾルデ」ではメトロポリタン歌劇場管弦楽団のベンジャミン・ボウマンのサイドで弾いていたが、そこから多くを学んだようにも映った。ムーティも終演後、郷古の健闘を何度も讃えていた。いずれにしても客席が総立ちになるほどの内容の濃い感動的なステージであった。
(宮嶋極)
公演データ
東京・春・音楽祭 ムーティ指揮「アイーダ」
ヴェルディ:歌劇「アイーダ」(演奏会形式上演、日本語字幕付き)
4月17日(水)14:00 東京文化会館大ホール
指揮:リッカルド・ムーティ
アイーダ:マリア・ホセ・シーリ
ラダメス:ルチアーノ・ガンチ
アモナズロ:セルバン・ヴァシレ
アムネリス:ユリア・マトーチュキナ
ランフィス:ヴィットリオ・デ・カンポ
エジプト国王:片山 将司
伝令:石井 基幾
巫女:中畑 有美子
合唱:東京オペラシンガーズ
合唱指揮:仲田 淳也
管弦楽:東京春祭オーケストラ
コンサートマスター:郷古 廉
みやじま・きわみ
放送番組・映像制作会社である毎日映画社に勤務する傍ら音楽ジャーナリストとしても活動。オーケストラ、ドイツ・オペラの分野を重点に取材を展開。中でもワーグナー作品上演の総本山といわれるドイツ・バイロイト音楽祭には2000年代以降、ほぼ毎年訪れるなどして公演のみならずバックステージの情報収集にも力を入れている。