上岡ワールド全開!欧州仕込みのアプローチで新日本フィルと熱演を繰り広げる
欧州を中心に活動を続ける上岡敏之は2016年シーズンから5年にわたり、新日本フィルの音楽監督を務めた。コロナ禍を経て再会を果たした両者が今回挑んだのは、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第1番に、シューベルトの交響曲第8番「グレイト」という、王道を行く独墺(どくおう)プロ。上岡自身が共演を強く希望したアンヌ・ケフェレックを独奏者に迎え、独自の音楽語法を満載した快演を聴かせた。
前半のベートーヴェンではケフェレックが気品あるソロを繰り広げ、ベテランの味わいで魅了した。冒頭から適度なメリハリと前進力を備えたチャーミングな奏風で引きつけ、混じり気のない率直なピアニズムが古典的な風格を示す。第2楽章のたおやかな歌心は上品な格調をたたえ、しっとりした木管セクションとデリケートに絡む。終楽章の明快な表情や活気あるアンサンブルが爽快感を増した。10型に刈り込んだ編成で、上岡が流麗なバックを作り上げた。
欧州で鍛えられた上岡ならではのアプローチが光ったシューベルトの「グレイト」
そしてシューベルト最後の大交響曲で、上岡ワールドが全開となった。第1楽章からレガートを多用した滑らかな歌い口を旨とし、内声部が厚く見通しよい合奏を築いていく。主題の対比が巧妙で、音楽の相貌が刻々と変わる。リピートを採らないので余計、停滞感がなく、スタイリッシュに進む。
速いテンポで足取り軽く、低弦などの刻みの脈動が強い中間楽章はユニーク。終楽章に至って、うねりと厚みが渦巻く上岡サウンドは最高潮に達する。リズムは柔軟なバネのように深く弾み、レガートの強調で横に流れるフレージングが強じんにしなる。
縦割りで、ぶつ切れになりがちな日本的な解釈とは真っ向に位置する、欧州で鍛えられた上岡ならではのアプローチが堂々と開陳された。
演奏時間が正味45分強という快速ながら、充足感は強い。上岡へ懸命に寄り添った新日本フィルの熱演にも拍手。
(深瀬満)
公演データ
新日本フィルハーモニー交響楽団定期演奏会
第21回すみだクラシックへの扉
2024年3月15日(金)14:00すみだトリフォニーホール
指揮:上岡敏之
ピアノ:アンヌ・ケフェレック
管弦楽:新日本フィルハーモニー交響楽団
プログラム
ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第1番ハ長調 Op.15
シューベルト:交響曲第8番ハ長調 D944「グレイト」
ソリストアンコール
ヘンデル(ケンプ編曲):組曲第1番HWV434より第4曲メヌエット
ふかせ・みちる
音楽ジャーナリスト。早大卒。一般紙の音楽担当記者を経て、広く書き手として活動。音楽界やアーティストの動向を追いかける。専門誌やウェブ・メディア、CDのライナーノート等に寄稿。ディスク評やオーディオ評論も手がける。