キレ味とスケールが両立した「カルミナ・ブラーナ」
20世紀前半に書かれながら、古い音楽が反映された特異な作品がふたつ並ぶ、意欲的な演奏会だった。
レスピーギの「リュートのための古風な舞曲とアリア」第2組曲は4曲から構成され、「愛(いと)しいラウラ」の清澄な音、「田園舞曲」の軽やかなリズム感と、曲ごとの音色の違いが自発的かつ力みなく表現されていた。
この日の目玉はオルフの世俗カンタータ「カルミナ・ブラーナ」だった。歌詞は周知のとおり、19世紀初頭にドイツの修道院で発見された中世の写本からとられている。運命の女神に呼びかける強烈な旋律と重々しい合唱ではじまり、強烈なリズムで彩られるため、戦慄(せんりつ)を誘う歌詞ではないかと想像しがちだが、実際には、中世の人々にとっての恋、世の中への不満、酒のことなどが綴(つづ)られ、われわれが自然に共感できる内容だ。旋律も親しみやすい。
バッティストーニの演奏スタイルは、曲の冒頭に象徴的に表れていた。オーケストラに歯切れのよさと強いリズム感を保ったまま、怒涛(どとう)のように推進する。だが、力任せとは正反対にすべての音が統率される。そこに統率のとれた合唱が重なる。そうした狙いは最後まで弛緩(しかん)せず、驚嘆すべき集中力のもと、音の密度が高く保たれた。重ねられた新国立劇場合唱団の高水準のハーモニーも強く印象に残った。
ソリストは、ヴィットリアーナ・デ・アミーチス(ソプラノ)とミケーレ・パッティ(バリトン)の2人がイタリアから招聘(しょうへい)された。ともに繊細な表現に長(た)けた叙情的な歌唱で、とくにパッティは曲想や歌詞に応じてニュアンスをたくみに操り、心情や状況が柔軟に表された。
バッティストーニは俗謡のような旋律もリズムも、それとして際立たせながら、要所を引き締めることで、すべてを一つの宇宙に取り込んだ。そして終曲で疾走し、聴き手をカタルシスへと導いた。あえていえば、直線的な引き締め方にもう少し丸みや膨らみが加わると、曲の世界がさらに広がるとは思う。
(香原斗志)
公演データ
東京フィルハーモニー交響楽団 第998回オーチャード定期演奏会
2024年3月10日(日)15:00 Bunkamuraオーチャードホール
指揮:アンドレア・バッティストーニ
ソプラノ:ヴィットリアーナ・デ・アミーチス
カウンターテナー:彌勒忠史
バリトン:ミケーレ・パッティ
合唱:新国立劇場合唱団(合唱指揮:冨平恭平)
児童合唱:世田谷ジュニア合唱団(児童合唱指揮:掛江みどり)
プログラム
レスピーギ:リュートのための古風な舞曲とアリア 第2組曲
オルフ:世俗カンタータ「カルミナ・ブラーナ」
かはら・とし
音楽評論家、オペラ評論家。オペラなど声楽作品を中心に、クラシック音楽全般について執筆。歌唱の正確な分析に定評がある。著書に「イタリア・オペラを疑え!」「魅惑のオペラ歌手50:歌声のカタログ」(共にアルテスパブリッシング)など。「モーストリークラシック」誌に「知れば知るほどオペラの世界」を連載中。歴史評論家の顔も持ち、新刊に「教養としての日本の城」(平凡社新書)がある。