美しく浄化された天上的な音楽に感銘!インバルと都響によるマーラー10番
今回のインバル&都響の3プログラム中の最後は、マーラーの交響曲第10番(クック補筆版)。都響のシェフ時代(2008~14年)は緻密(ちみつ)で締まった緊迫感漂う名演を展開していたインバルも、シェフを離れてからは開放的で行間や余情を湛(たた)えた表現にシフトしたように感じる。10年ぶりに再演されたマーラーの10番に関しては、それがプラスに働いたと言えるだろう。
とはいえ、都響は最高度の機能性を発揮した。冒頭のヴィオラのモノローグから柔らかくして実に精緻。以下、各楽器のソロをはじめハイスペックの演奏が続く。ただし音楽は極めて自然かつ穏当に推移する。第1楽章後半のトランペットのA音の部分もヒステリックにならず、最後はピュアな美感を持って消えてゆく。第2、3楽章も道なりに運ばれ、第4楽章最後の大太鼓も強迫的には響かない。第5楽章前半の冴(さ)えたフルート・ソロは特に出色。以後は交響曲第3番と第9番の終楽章のテイストを併せ持った豊潤な表現がなされる。
プログラム冊子でインバルは、「第10番は、死後にマーラーが復活し、人生や死について回想しているような作品」との旨を語っているが、この演奏はまさしくそうした印象。それはまるで、創作時に自身が記したアルマに対する激しい思いなどもはや過去のこと……と全てを彼岸から見つめているかのようだ。同曲に迫真性や戦慄(せんりつ)性を求める向きには不満かもしれないが、美しく浄化された天上的な音楽に筆者はすこぶる感銘を受けた。
(柴田 克彦)
公演データ
東京都交響楽団 第995回定期演奏会Cシリーズ
~インバル/都響 第3次マーラー・シリーズ①
2月22日(木)14:00 東京芸術劇場コンサートホール
指揮:エリアフ・インバル
コンサートマスター:矢部 達哉
プログラム
マーラー:交響曲第10番嬰ヘ長調(デリック・クック補筆版)
しばた・かつひこ
音楽マネジメント勤務を経て、フリーの音楽ライター、評論家、編集者となる。「ぶらあぼ」「ぴあクラシック」「音楽の友」「モーストリー・クラシック」等の雑誌、「毎日新聞クラシックナビ」等のWeb媒体、公演プログラム、CDブックレットへの寄稿、プログラムや冊子の編集、講演や講座など、クラシック音楽をフィールドに幅広く活動。アーティストへのインタビューも多数行っている。著書に「山本直純と小澤征爾」(朝日新書)。