再演された「エウゲニ・オネーギン」 チャイコフスキーの魅力を充分に
2019年10月にプレミエされたドミトリー・ベルトマン演出によるチャイコフスキーの「エウゲニ・オネーギン」(新国立劇場の表記による)が再演された。もともとロシア・オペラの上演が極度に少ない新国立劇場にとっては、貴重なレパートリーである。
これはもともと、伝説的なロシアの演出家コンスタンチン・スタニスラフスキーの「1922年のプロダクション」に基づいた舞台だそうで、たしかに今回のイゴール・ネジニーによる舞台装置も、ジーン・ベネデティ著「スタニスラフスキー伝」(邦訳は晶文社刊)における記述とほぼ一致している。第1幕冒頭で農民たちがラーリン家に集う場面がそっくりカットされている理由も「演技を停滞させるから」と同書に記載されているが、これはいささか論議を呼ぶ発想だろう。ただ、第2幕第2場で、決闘などという行動にばかばかしさを感じたオネーギンがそっぽを向いたまま発射したピストルの弾丸が、不審そうに近寄ってきたレンスキーに偶然命中してしまうというような、ト書きと異なるユニークな演出など――それがスタニスラフスキーのアイディアだったのかどうかまでは不明だが――おもしろい動きが随所にある。
指揮はヴァレンティン・ウリューピン、東京交響楽団から引き締まった起伏の大きな音楽を引き出し、チャイコフスキーの叙情美を過不足なく表出してくれた。長身のユーリ・ユルチュクはオネーギンの「お高くとまった」性格を巧みに表現し、ヒロインのタチヤーナを歌い演じたエカテリーナ・シウリーナは最大の聴かせどころの「手紙の場」で美しい声を全開させた。レンスキー役のヴィクトル・アンティペンコは河畔での有名なアリアで情熱的なテナーを、グレーミン公爵役のアレクサンドル・ツィムバリュクは第3幕のアリアで重厚なバスを披露するなど、歌手陣の快演も印象に残る。チャイコフスキーの音楽はやはり魅力的だ、と思わせる今回の上演である。
(東条碩夫)
※取材は1月24日(水)の公演
公演データ
新国立劇場2023/2024シーズンオペラ
ピョートル・チャイコフスキー「エウゲニ・オネーギン」
全3幕(ロシア語上演/日本語及び英語字幕付)
2024年1月24日(水)18:30、1月27日(土)14:00、1月31日(水)14:00
2月3日(土)14:00 新国立劇場 オペラパレス
出演者等、その他データの詳細は新国立劇場ホームページをご参照ください。
エウゲニ・オネーギン | 新国立劇場 オペラ (jac.go.jp)
とうじょう・ひろお
早稲田大学卒。1963年FM東海(のちのFM東京)に入社、「TDKオリジナル・コンサート」「新日フィル・コンサート」など同社のクラシック番組の制作を手掛ける。1975年度文化庁芸術祭ラジオ音楽部門大賞受賞番組(武満徹作曲「カトレーン」)制作。現在はフリーの評論家として新聞・雑誌等に寄稿している。著書・共著に「朝比奈隆ベートーヴェンの交響曲を語る」(中公新書)、「伝説のクラシック・ライヴ」(TOKYO FM出版)他。ブログ「東条碩夫のコンサート日記」 公開中。