今年のバイロイト音楽祭でワーグナーの楽劇4部からなる大作「ニーベルングの指環」の3回にわたるツィクルス上演で初めて指揮を担当しているピエタリ・インキネン(日本フィル首席指揮者)のインタビューの後編。大きな論議を巻き起こしている演出家のヴァレンティン・シュヴァルツについての考えも明かしてくれた。なお、インタビューは音楽祭開幕直前に書面を交換する形で行った。(宮嶋 極)
Q ヴァレンティン・シュヴァルツが演出した「ニーベルングの指環(リング)」のプロダクションは、昨年夏のプレミエではさまざまな反応が示され、賛否の論議は今も続いています。マエストロはこのプロダクションについてどうお考えですか?
インキネン(以下、Ⅰ)ヴァレンティンは、自分の考えをすべて、チーム全体に説明する演出家です。これは、伝統的な演出を超越した、いわゆる読み替え演出を行う場合にとても重要です。もちろん今回の「リング」も例外ではありません。私の目から見ると、彼は歌手との仕事の仕方がとてもうまく、歌手たちは皆、自分がステージでやっていることに納得しているようです。これは音楽的な観点からも非常に重要です。ステージ上に不安を抱えた歌手が存在すると、音楽のパフォーマンスにも影響が生じる可能性があるからです。歌手たちとの仕事の仕方を理解している演出家であるヴァレンティンとの共同作業は私にとってもやりやすいと感じています。ですから、今回の「リング」の出演者、演出スタッフの間では素晴らしいチームワークが形成されて、公演に臨むことができました。
Q 前のお答えの一部とも少し重複しますが、バイロイト祝祭管弦楽団の印象についてもう少し詳しく教えてください。
Ⅰ バイロイト祝祭管を指揮できるのは本当に光栄なことだと感じています。彼らは皆、世界各地の最高のオーケストラに所属する一流の音楽家であり、ワーグナーを熟知しているプレイヤーばかりだからです。ですから、私にとっては彼らとワーグナー作品に取り組むことはある意味、とても容易なことだと感じています。メンバーは皆、ワーグナーを愛し、その専門家でもあるので作品を深く理解しているため、いかに演奏すべきかについてもよく分かっています。
Q 「リング」ツィクルスを3回指揮することで、今年はバイロイトに長期滞在となります。この街の魅力をどう感じていますか?
Ⅰ バイロイトはバイエルン州の中でも比較的小さな都市ですが、夏に開催される祝祭期間中は、世界中から音楽愛好家が集まり、とても良い雰囲気になります。バイロイトの人々はすごく親切ですし、世界中のさまざまな国から音楽の、そしてワーグナー作品の愛好家が集い、互いに仲間意識を共有し合うような独特のリラックスした雰囲気が醸成されるところが魅力ですね。
Q 最後に日本の音楽ファン、特に日本フィルの聴衆にメッセージをお願いします。
Ⅰ 私が日本で首席指揮者として最後に日本フィルと共演したのは5月のことでした。まだ、そんなに時がたっているわけではありませんが、長年にわたる日本フィルとの共同作業と、そこで働く人々に対する愛着が増してきたようで、早く日本に戻って指揮をしたい気持ちでいっぱいです。そして、バイロイトでの公演に訪れる日本の皆さんにお会いできることも楽しみにしています。
Ⅰ バイロイトでの成功をお祈りしています。
インキネンの日本フィル首席指揮者の任期はこの夏まで。その後は客演で登場する機会もありそうだ。また、「リング」のツィクルスの第1回は7月26日の「ラインの黄金」からスタートし、27日「ワルキューレ」、29日「ジークフリート」、そして31日の「神々の黄昏」で終了。8月5日から10日まで第2ツィクルス、同21日から26日まで第3ツィクルスが予定されている。クラシックナビではこのうち第2ツィクルスを取材し、現地リポートやレビューなどを随時アップしていきます。ご期待ください。
みやじま・きわみ
放送番組・映像制作会社である毎日映画社に勤務する傍ら音楽ジャーナリストとしても活動。オーケストラ、ドイツ・オペラの分野を重点に取材を展開。中でもワーグナー作品上演の総本山といわれるドイツ・バイロイト音楽祭には2000年代以降、ほぼ毎年訪れるなどして公演のみならずバックステージの情報収集にも力を入れている。