日本人の国際的活躍につながるイタリアの2公演

イタリア・オペラの名歌手から衣替えになったこの新連載、第1回は日本人の活躍を紹介したい。

「秘密の結婚」より、左から2人目がフィダルマ役の金子紗弓

期待の金子紗弓が冴えたナポリの「秘密の結婚」

6月13日、ナポリのサン・カルロ劇場でチマローザのブッファ「秘密の結婚」(1792年初演)を鑑賞した。2024/25シーズンの正式な演目だが、歌手は全員がこの劇場のアカデミー2期生で、修了時の本格的なオペラ公演は初めてだという。マリエッラ・デヴィーアの薫陶を受けた若手の水準を、わけても金子紗弓(メゾソプラノ)の成長を確認したくて、ナポリを訪れた。

「魔笛」を思わせるニ長調の3つの和音で始まる序曲は華やかで流麗。フランチェスコ・コルティの指揮はキレがよく、この音楽に潜在する快活さが強調される。シュテファン・ブラウンシュヴァイクの演出は、直線によるシンメトリーが強調されたモダンな装置のもと、奇をてらわないながら現代的なセンスが冴えた。

エリゼッタ(姉娘)役のアナスタシア・サガイダク(左)と金子

物語は裕福な商人ジェローニモ宅で展開する。妹娘カロリーナと使用人パオリーノは密かに結婚していて、貴族との縁組みを望む父に自分たちの結婚を認めさせるために、姉娘エリゼッタを伯爵と結婚させようと画策する。だが、伯爵はカロリーナを気に入り、ジェローニモの妹フィダルマはパオリーノに気があるなど状況は厄介。だが、なんとかハッピーエンドにたどり着く。

冒頭のパオリーノとカロリーナの二重唱がベッド上で展開し、パオリーノはパンツ一丁なので、「両親が観に来ていたら戸惑ったのでは」と余計な心配をしたが、それはともかく、この2人以外が途中から古典的な衣装に身を包むのは、早く結婚を認めてもらいたい2人が古典的なできごとを空想(妄想)しているという設定だろうか。

パオリーノ役は中国のスン・ティヤンスフェイ。どの音域もみずみずしい声が満ち、東洋人の癖がない。リリック・テノールとして頭角を現わすだろう。カロリーナ役を歌ったウクライナのマリア・クニヒニツカも美しいソプラノ・リリコ・レッジェーロで、フレージングの美しさにデヴィーア仕込みが感じられた。

カロリーナ役のマリア・クニヒニツカ(左)とパオリーノ役のスン・ティヤンスフェイ
カロリーナ役のマリア・クニヒニツカ(左)とパオリーノ役のスン・ティヤンスフェイ

6人の出演者の中でこの2人に伍していたのがフィダルマ役の金子だった。光沢がある柔らかい声には、やはり東洋人の癖がまったく感じられず、どの音域も均質な声が滑らかにつながれる。アリアではアジリタも鮮やかで、その歌唱レベルは日本人歌手としては異次元といえる。11月の日生劇場でのマスネ「サンドリヨン」が楽しみだ。

翌14日の公演はBキャストで、総じてAキャストのほうが質は高いと感じられたが、ジェローニモ役のバス、セバスティア・セッラが力強く表情豊かな声で、第2幕の伯爵(マウリツィオ・ボーヴェ)との二重唱も秀逸。「主人」が立派だと公演全体が引き締まる。

楽屋前にて、フィダルマ役を歌った金子

加藤のぞみの「ラ・ファヴォリータ」は世界水準

15日はサルデーニャ島のカリアリでドニゼッティ「ラ・ファヴォリータ」を鑑賞した。字数の都合で書き切れないので、今回は主演した加藤のぞみについて書き、全体像は次回に回したい。

パリ・オペラ座での初演は「ルチア」の5年後の1840年。音楽はかなり劇的でヴェルディを思わせる。見習い修道士かつ騎士のフェルナンドが惹かれ、王アルフォンソ11世から結婚を許された女性は王の愛妾だった——という話は「ドン・カルロ」との共通点も多く、構成や音楽にも大きな影響を与えたと思われる。

ファヴォリータ役の加藤のぞみ(左)とフェルナンド役のアントニーノ・シラグーザ
ファヴォリータ役の加藤のぞみ(左)とフェルナンド役のアントニーノ・シラグーザ

ファヴォリータ、すなわち王の愛妾役の加藤は、ボディのある声をなめらかに響かせ、レガートが美しくフレージングに気品がある。しかも、強い意志と官能を並立させつつ、役に没入しながらスタイルは崩れない。この役に美しさと強さを与えつつ、これだけスタイリッシュに歌えるメゾソプラノが、世界にどれだけいるだろう。フェルナンド役で絶好調のアントニーノ・シラグーザと互角に渡り合った。

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香原斗志

かはら・とし

音楽評論家、オペラ評論家。オペラなど声楽作品を中心に、クラシック音楽全般について執筆。歌唱の正確な分析に定評がある。著書に「イタリア・オペラを疑え!」「魅惑のオペラ歌手50:歌声のカタログ」(共にアルテスパブリッシング)など。「モーストリークラシック」誌に「知れば知るほどオペラの世界」を連載中。歴史評論家の顔も持ち、新刊に「教養としての日本の城」(平凡社新書)がある。

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