ピアニスト ランラン

ニューアルバム「ピアノ・ブック2」(ユニバーサル・ミュージック)をリリースし注目を集めている世界的ピアニスト、ラン・ラン。今月来日し、17日に東京・有明の東京ガーデンシアターで「LANG LANG PLAYS DISNEY(ラン・ラン プレイズ ディズニー)」も開催する。来日を前にラン・ランが毎日クラシックナビの単独オンライン・インタビューに応え、ニューアルバムに込めた思いなどについて語ってくれた。

(取材・執筆 高坂 はる香)

世界最高のピアニストのひとりとして人気を集めるラン・ラン 写真提供=ユニバーサル・ミュージック ©SonjaMueller
世界最高のピアニストのひとりとして人気を集めるラン・ラン 写真提供=ユニバーサル・ミュージック ©SonjaMueller

——アルバム「ピアノ・ブック2」では、前作に引き続きさまざまなジャンルの曲が収録されていて、いろいろな新しい音楽に出会うことができました。曲を選ぶのは楽しかったですか?

ラン・ラン(以下、) はい、「ピアノ・ブック2」では、ピアノが21世紀に生きる誰にとっても楽しむことができるものだと伝えたいという想いで、私のお気に入りの作品から選びました。ピアノ音楽は多様で、西洋クラシックだけでも本当にたくさんの曲がありますが、すべてのジャンルを含めば、その数はさらに膨大です。
 久石譲やモリコーネもあれば、トニー・アンやミュージカル映画「ラ・ラ・ランド」のハーウィッツなど若いアーティストの楽曲、日本の漫画のテーマソング、さらに中国のゲーム「Black Myth: Wukong」の音楽も収録しています。こうしたクラシック以外の作品には、リストやショパンのようなロマン派のスタイル風のアレンジを加え、クラシックと今の音楽を繋げたいと思いました。そこで曲順は、あえてミックスした状態になっています。
 今の若い世代はピアノを習うとき、必ずしもモーツァルトから始めるわけではありません。久石譲の曲から始めることもあれば、漫画やアニメの主題歌から入ったという人もとても多いのです。彼らはネット上で音楽に出会い、ピアノを弾き始めます。全く別の時代なのです。

——中国の若い世代といえば、去る10月に行われたショパン国際ピアノコンクールでは、4位に入賞したティエンヤオ・リウさんはじめ、中国のティーンエイジャーが大変活躍していました。中国のピアノ界はまた新しい時代、段階に入ったのでしょうか?

 そうですね、時代は変わったと感じます。入賞した彼女は4年前に北京で演奏を聴かせてもらいましたが、よく覚えていますよ。当時はまだ小さな女の子でしたが、高い音楽性の持ち主だと思いました。

——こうした優れた若いピアニストの出現には、ラン・ランさんが憧れの存在として活躍し続けている影響や、ラン・ランさん世代のピアノ教育者の質が高くなっていることの成果もあるのではないかなと感じました。

 私のしてきたことの成果は分かりませんが、現在の中国の優れたピアノ教育環境、それぞれの真摯な努力の結果によるところは、間違いないでしょうね。もう少し具体的にいうなら、よりオーセンティックな教育の成果が出てきているということです。
 今回のショパン・コンクールでは、入賞できなかったなかにも素晴らしい才能の方がいました。実は私もコンクールの準備に一緒に取り組んだ子が2人いたのですが、特に上海出身の10代のコンテスタントは、ステージでもとても良い演奏をしていましたよ。……ショパン・コンクールにはあまり合わなかったのかもしれませんが、ショパンに限らず、彼はきっと何かしらの形でキャリアを切り拓くでしょう。この世代から優れた才能が出ていることを、とても誇りに思っています。

——ラン・ランさんは、ピアノ教育、それもこうしたプロを育成する分野と、幅広い層にピアノを学ぶ機会を与える分野の両方で活動されていますね。

 はい、この2つの分野の支援には、全く異なるアプローチが必要です。
 プロを目指す子供たちには、将来、世界の大舞台に立てるような教育、コンクールへのサポート、レコード会社やマネジメントに繋げるサポートをしています。彼らは本当に熱心に学んでいます。
 もう一つの教育は、音楽を学ぶ機会がない、恵まれない環境にいる子どもたちのための活動です。自閉症や障がいのある子供向けのピアノ教育もサポートしています。
 こうした子供たちには、同世代の友人の輪を持ち、またピアノや音楽を通じて愛を感じてほしいのです。音楽は心を癒やし、人生をより前向きで自信に満ちたものにすると、私は信じています。
 これは社会事業の一環で、私がとても大切にしている活動です。すでに世界で240校を展開しています。実際に私たちのプロジェクトから、ソングライターの道に進んだ子もいるんですよ。困難な環境の子供たちの人生を明るく照らし、何かの形で癒やすことができたらと願っています。
 また中国では、音楽を放課後の活動としてではなく、学校の授業の一環として取り入れてもらえるように働きかけています。ただこれは正直、とても難しいですね。アウトリーチプログラムを始めるだけならそれほど難しくないのですが、学校などの教育システムの中に音楽を取り戻そうとすると、一気に難しくなるのです。

——行政機関とのやりとりが必要になるからでしょうか。

 その通りです。システムのなかで何かがカットされるということになると、最初に切られるのはいつだって芸術分野です。そのせいで結果的に、今の社会には多くの問題が生じているのではないかと私は思うのですけれど。

ラン・ランは今月来日しディズニー音楽をテーマにしたコンサートを開く 写真提供=ユニバーサル・ミュージック ©SonjaMueller
ラン・ランは今月来日しディズニー音楽をテーマにしたコンサートを開く 写真提供=ユニバーサル・ミュージック ©SonjaMueller

——中国では、ピアノやクラシックの人気は継続しているのでしょうか?

 これまでリサーチを続ける中で、大きな変化を感じています。
 ピアノは今も人気ですが、学習状況の変化により、クラシックピアノの教育は以前よりも難しくなっていると思います。例えば20年前の子供たちの多くは、まずクラシックの曲を弾いていましたが、今はポップソングから始めるケースが多くなりました。また教育政策の転換により、芸術領域で実績があると入試で加点される制度が廃止になったので、この影響も大きいと思います。
 それでも中国に来れば、たくさんの若者がクラシックのコンサートに足を運んでいる姿をまだまだ見られます。とにかく人が多いですからね。コンサート市場は好調で、衰退していません。
 状況は厳しくなっているというより、次のチャレンジが求められる段階に来たと言えるのではないでしょうか。だからこそ、今から備え、努力を始めなくてはなりません。一度衰退してから気がついても、取り戻すことは難しいですから。
 その意味でも、優れた若い中国人のピアニストが現れていることを私はとても嬉しく思います。これは中国だけでなく、韓国や日本のピアニストにもいえることです。
 アジアの演奏家にはおもしろいことに挑戦している人が増えていますね。クラシックだけでなくアニメなどのレパートリーも組み合わせたコンサートも多く、これは若者の市場を開拓するうえで非常に効果的だと思います。そして子供たちに新しい選択肢を示し、可能性を開いてくれています。

——以前中国では、ピアノが子供のIQを高めるといわれて流行したと聞いたことがありますが、高齢者にとってもピアノは健康に良さそうですよね。大人がピアノを始める、または再開することも増えているのでしょうか?

 はい、 リタイア後の大人がピアノを習い始めるケースは増えています。ピアノを弾くことで、心身を若く保ち、健康でいることができますから。
 ひとつおもしろい現象があります。私たちのある学校で、おばあさんが孫のために1セメスター分のレッスンを購入したのに、このお孫さんは2回受けたらもうレッスンに行きたがらなくなってしまったというのです。するとおばあさんは、もったいないからと代わりに自分がレッスンを受けるようになり、今もピアノを続けているそうです。
 実は最近、こういうケースを本当によく聞きます。これは社会の変化でしょうね……、私たちの親の世代なら、レッスン料を払っているのに練習もしなければレッスンも受けないとなれば、絶対に怒りました。やりたくないと主張したところで、簡単に辞めていいだなんて言ってもらえなかったと思います。
 でも今の親は、応援していたのに裏切られた!という思いにはならないということなんです。リラックスした雰囲気があるんですね。そしてもし子供が練習しなければ、“かわりにおじいちゃんにピアノを練習してもらおうか”、という話になるわけです(笑)。
 親が子供に過度なプレッシャーを与えなくなった社会は、ある意味でいいことだと思います。これによってよりクリエイティヴなアーティストが育つかもしれません。彼らは200年前の音楽よりも、21世紀と繋がろうとするかもしれませんが。
 若い世代の人たちは、何でも部屋からオーダーできる時代に生まれ育っています。外出すらしません。時代が変わったのです。ただ、SNSやAIだけに囲まれた暮らしは健康的ではありません。社会の危機ともいうべき状況です。
 だからこそ、彼らを外に連れ出し、コンサートホールに足を運んで本当のコミュニケーションを体験してもらうことが大切なのです。これは中国だけでなく、全世界に共通する問題だと思います。
 私も4歳になる自分の息子のことは、毎日外に連れ出しています。ボールを蹴ったり、蝶を追いかけたりして遊ぶことで、人間らしく成長してほしいと思っているからです。ちなみにうちの子はドラムを叩くのが大好きなので、すでに良い先生に教わっているんです。小さなドラマーですよ(笑)!

——ラン・ランさんのコンサートやアルバムを聴くことでピアノに触れてみようと思う人が増え、彼らの心身が健康になったり、音楽の道を目指す人が出てきたりすると良いですね。

 そうですね、私はそういう方たちを応援したいと思っています。今回のアルバムは、今日の世界におけるピアノ音楽の多様性を示した、すべてのピアノ愛好家のための作品集です。さまざまなバックグラウンドの方々にとって、必ずお気に入りの曲が見つかるでしょう。これからもクラシック音楽、そしてピアノ音楽に心と目を開く機会を届けていきたいです。

Lang Lang ラン・ラン(ピアノ)

感情豊かなピアノによって、何百万という人びとをインスパイアしてきた。それは、こじんまりした会場でのリサイタルでも、大舞台でも変わらない。

2014FIFA ワールドカップ決勝を祝してリオデジャネイロで行われたプラシド・ドミンゴとのコンサート、第56 回および第57 回に連続出演してメタリカ、ファレル・ウィリアムスと共演したグラミー賞授賞式、全世界で40 億人の人々が彼の演奏を見守った2008 年北京オリンピックの開会式、ロンドンのロイヤル・アルバートホールにおけるBBC プロムスのラストナイトなど、その派手なステージは枚挙に暇がない。
シャルル・デュトワが指揮するフィラデルフィア管弦楽団と共演したリスト生誕200 年を祝うコンサートの模様は、全米で300 館、ヨーロッパ各地で200 以上の映画館に生中継された(クラシックのソリストとしては初めて)。

長年にわたって共演している世界的なアーティストは、ダニエル・バレンボイム、グスターボ・ドゥダメル、サー・サイモン・ラトルといった指揮者から、ダブステップダンサーのNONSTOP ことマーキューズ・スコット、甘い歌声の帝王フリオ・イグレシアス、ジャズの巨人ハービー・ハンコックなどクラシック音楽以外の世界にも及ぶ。

クラシック音楽を誰よりも多くの人に届けるために多くの企業とのつながりも持っている。
そして、ラン・ランは、中国の音楽を西洋の聴衆に、西洋音楽を中国の聴衆に積極的に紹介して、文化の懸け橋ともなっている。

ニューアルバム「ピアノ・ブック2」
ニューアルバム「ピアノ・ブック2」

ニューアルバム「ピアノ・ブック2」(ユニバーサル・ミュージック)について

▽収録曲
CD1
1. ショパン:前奏曲第4番ホ短調作品28の4
2. メンデルスゾーン:無言歌集 第5巻作品62より第6曲「春の歌」
3. リスト:コンソレーション第2番ホ長調
4. 久石 譲:Spring
5. モーツァルト:ロンドニ長調 K.485
6. ベートーヴェン:ロンド・ア・カプリッチョ「なくした小銭への怒り」作品129
7. サティ:ジムノペディ第1番
8. シューベルト:即興曲 第3番変ト長調 D899の3
9. ラフマニノフ:パガニーニの主題による狂詩曲作品43より第18変奏
10. 六三四プロジェクト:哀と悲(アニメ「NARUTO -ナルト-」より)
11. シベリウス:13のピアノ小品作品76から 練習曲第2番イ短調
12. ヘンデル:メヌエット ト短調(クラヴィーア組曲 第2巻 第1番 HWV434から第4曲)
13. J.S.バッハ:前奏曲 ハ短調「リュートのために」BWV999
14. ランゲル:Rush E(2024年版)
15. ジャスティン・ハーウィッツ:ミアとセバスチャンのテーマ(映画「ラ・ラ・ランド」より)

CD 2
1. ショパン:夜想曲 変ホ長調 作品9の2
2. シューマン:謝肉祭作品9より 第12曲「ショパン」
3. ブルグミュラー:アラベスク 作品100の2
4. ルドヴィコ・エイナウディ:Fly
5. ジンイェン・ジャイ:メインテーマ(ゲーム「黒神話:悟空」から)
6. ショパン:幻想即興曲嬰ハ短調作品66
7. 植松 伸夫:ザナルカンドにて(ゲーム「ファイナルファンタジーX」から)
8. ヤン・ティルセン:ある午後のかぞえ詩(映画「アメリ」から)
9. エンニオ・モリコーネ:映画「ニュー・シネマ・パラダイス」から〝メイン・タイトル〟
10. ラフマニノフ:前奏曲第2番嬰ハ短調作品3の2
11. ベートーヴェン:トルコ行進曲(「アテネの廃墟」作品113から)
12. トニー・アン:イカロス(ピアノ4手版)with トニー・アン
13. ユーペン・チェン:Lovers’ Oath(ゲーム「原神」から)
14. ナザレー:ブレジェイロ(ブラジル風タンゴ)
15. ドビュッシー:アラベスク第1番 長調 CD 74の1
16. スミス:アイム・コンフェッシン(ザット・アイ・ラヴ・ユー)
17. アドルフ・アダン / デイヴィッド・ハミルトン:さやかに星はきらめき(オー・ホーリー・ナイト)

ピアノ:ラン・ラン
録音:2024年11月、2025年5月 パリ、サル・コロンヌ

さらなる詳細はユニーサル・ミュージック ホームページをご参照ください。
ラン・ラン | Lang Lang – UNIVERSAL MUSIC JAPAN

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高坂 はる香

こうさか・はるか

大学院でインドのスラム支援プロジェクトを研究。その後ピアノ専門誌を経て、2011年よりフリーの音楽ライター。演奏家の取材ほか、ショパン国際ピアノコンクール、エリザベート王妃国際コンクールなどの長期取材に基づく情報発信を行なっている。著書に「キンノヒマワリ ピアニスト中村紘子の記憶」(集英社刊)。

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