金子三勇士が弾くベートーヴェン×リスト !

金子三勇士
金子三勇士 ©Seiichi Saito

ピアニストの金子三勇士が「時空を超えた運命の出会い ベートーヴェン×リスト」というタイトルでリサイタルをひらく。なかでも注目は、リスト編曲のベートーヴェン交響曲第5番「運命」(ピアノ版)にさらに金子自身が手を加えたこの公演だけの特別バージョンであろう。

(取材・構成 山田治生)

——今回のリサイタルは、ベートーヴェンとリストでプログラムが組まれていますね。
金子 今回のリサイタルでは大きなテーマが二つあります。その一つは、デビュー10周年のときのテーマでもある「原点と挑戦」です。ハンガリーは僕自身のアイデンティティーであり、僕がハンガリーの恩師から受けた「原点」である、ハンガリー生まれのフランツ・リストを紹介したいと思いました。そして、今の世界で「挑戦」するべきことは何かと考えたとき、リストのルーツともいえるベートーヴェンの存在にたどり着きました。
メインはベートーヴェンの「運命」です。リストがピアノ用に編曲していますが、今回、それをさらにこの日限りの私自身のオリジナル・バージョンに編曲して演奏します。

もう一つのテーマは、コンサートの主役は作曲家だということです。今はマーケティングなどの影響もあり、コンサートの主役がアーティストに見えがちですが、クラシック音楽の場合、自分で曲を書かない限り、主役は作曲家だと僕は思います。なので、作曲家にスポットをあてます。
日本では、リストは超絶技巧(=エンターテインメント)のイメージが強いですが、僕が発信したいのはエンターテインメントでもサーカスでもありません。超絶技巧の裏にある、リストが伝えたいもの、それはストーリー、ドラマ、感情、熱量などです。リストにとっては、超絶技巧は楽器演奏での手段の一つでした。
今回、「ラ・カンパネッラ」や「マゼッパ」という、敢えて超絶技巧の曲を弾きます。超絶技巧の裏にある世界観を、一人一人に見て聴いて、感じていただきたいと思います。

——今回のリサイタルには「理系作曲家の対比」という副題も付いていますね。
金子 僕のイメージとして、ベートーヴェン、リスト、バッハは理系、ショパンは文系です。起承転結に基づいて曲を書くのが理系です。僕自身も理系なので、ベートーヴェンやリストの作品は気持ちがいいくらい楽しめます。
リストは当時のパイオニアであり、インフルエンサーでした。新たなことに取り組む、時代の最先端の人でした。そういうリストの魅力は、僕自身が目指しているところでもあります。彼は、一人で最初から最後まで弾くピアノ・リサイタルという形式を作り、単発の演奏会ではなく、ツアーをするというモデルを作り上げました。チャリティー・コンサートを初めて行い、世のため、人のために発信し続けました。弟子を育てることも発信です。
人のやっていないことをやるこの生き方は、今のクラシックのアーティストにも求められていることだと思います。彼が今生きていたら、僕もワクワクしてしまうでしょう。
作曲家リストは、人間味、人間らしさのある作曲家だと思います。その時代でのリストの人間性が表れています。そのことに僕は勇気づけられ、エールをいただいています。

金子三勇士
金子三勇士 ©Seiichi Saito

——リサイタルで弾く作品の聴きどころや魅力を教えてください。
金子 「ラ・カンパネラ」は日本で人気がありますね。リストは、鬼のヴァイオリン弾き、パガニーニから影響を受けました。パガニーニは、ヴァイオリンの超絶技巧で知られていますが、裏には情熱がありました。それが人々を魅了したのです。この曲では、パガニーニの曲をリストが彼なりにピアノで置き換えています。特に高い音域のシーンの音色の世界に注目してください。そして最後に超絶技巧が出てきますので、その熱量を感じていただきたいです。
「マゼッパ」は超絶技巧練習曲のタイトル通り、見ていても楽しいくらいいろいろな動きをピアノの上でやっています。会場全体の響かせ方から見えてくるドラマがありますので、初めての方でも見て聴いていただくだけで魅力が伝わります。

ベートーヴェンの「熱情」は、奥の深い作品で、ベートーヴェンの哲学に触れられる作品だと思います。第1楽章は、ベートーヴェンの哲学観といいますか、ディープで考えさせられる音楽だと思います。第2楽章は、バッハやヘンデルなど前の時代の教会の音楽のテイストや神秘性が感じられます。第3楽章は、技巧、情熱。リストが書いてもおかしくないような超絶技巧があります。僕が特に気に入っているのは最後の最後でテンポアップしてヒートアップするところです。実は、そこのもとになっているのが、ハンガリー舞曲のチャルダーシュといわれ、ベートーヴェンがハンガリーの貴族の舞踏や音楽隊の演奏からインスピレーションを受けたといわれています。これら三つの違う世界観を僕がどう一つにまとめるかが課題であり、エキサイティングな部分でもあります。

ベートーヴェンの「運命」では、リストが見事なまでにもとの交響曲の魅力を失わないように編曲していますし、もとの交響曲の楽器から可能な限り音を拾いました。そこにリストのベートーヴェン愛とか尊敬の気持ちが見えます。僕はそれを壊すことだけは避けたいと思っています。
2021年の日本デビュー10周年に「第九」のリスト編曲版を演奏しました。コロナ禍でオーケストラでは「第九」が演奏できなかったので、ピアノで届けようと思ったのです。でも、現代のピアノで現代のホールでそのままリスト編曲版を弾くと、やっぱり響きがちょっと物足りないのです。それはどうしてかといいますと、リストの時代のピアノ、そしてお客さんが30、40人の小さな会場に合わせてリストが編曲していたからだと思います。
現代の環境では、ピアノもより良い音が出せますし、ホールでもっと魅力的に響かせることができるので、僕はその最後のお手伝いをさせていただく。現代を生きるベートーヴェン、リストのアシスタントとして、最後の微調整をするということで、アレンジをさせていただきます。そして、会場によって響きが違うので日替わりでアレンジします。リストの編曲を基に、音圧や音数を増やします。例えば、「運命」の冒頭の「ジャジャジャジャーン」という動機を何本の指でどの高さ(音域)でやるのか、それも最終的にその会場でやらないと決められません。
「運命」はベートーヴェンの九つの交響曲のなかでも特にもの凄いエネルギーを持っている曲だと思います。それは人類に向けたエネルギーだと感じています。時空を越えて、べートーヴェンが描き出した音の世界は本当に魅力的だと思います。

インタビューに応じる金子

——今後の活動について教えていただけますか。
金子 21世紀のフランツ・リストじゃないですけど、人のため、世のため、社会のために僕に何ができるかを考えたとき、一人でも多くの人に生演奏を届けることが一番大事だと思いました。生演奏をなかなか聴けない国、地域の人々にも演奏を届ける活動を展開したいと思っています。この数年、東南アジアや中央アジアの子供たちに音楽を届けるという活動を行っています。そして、AIの時代、生身の人間として、人々に音楽を届ける意味はどこにあるのかを考えています。AIとの差別化は大きなテーマになっていくと思います。
これまでは、人々が評価したもの、インフルエンサーが取り上げたものを追いかける風潮がありました。でも、テクノロジーの発展でそういうことが知れ渡って、一瞬で逆のことが生まれています。結局、何かをやってみて一個人としてどうでしたか?が問われる時代に、一人一人の感性で見極めて、自分の評価で何がおいしかったかという時代にどんどんなっていくような気がします。僕は、やっぱりクラシックがいい、ピアノが聴きたいという人に扉を開けて待っていられるようにしたいと思っています。

——最後にメッセージをお願いいたします。
金子 今回は、偉大なる作曲家たちが主役ということで、ベートーヴェンとリストに焦点をあてますが、あらためてこの二人の作曲家を聴き比べることによって、それぞれの魅力を感じていただきたいと思います。会場の中で生演奏だからこそ届けられる魅力というのが必ずあると信じていますので、ぜひぜひ多くの方に当日お越しいただきたいと思っております。

公演情報

金子三勇士が届ける理系作曲家の対比
~時空を超えた運命の出会い~ ベートーヴェン×リスト
金子三勇士 ピアノ・リサイタル

2025年2月22日(土) 14:00 横浜みなとみらいホール

リスト:パガニーニ大練習曲集 第3曲「ラ・カンパネラ」嬰ト短調 S.141 R.3b
リスト:超絶技巧練習曲集 第4曲「マゼッパ」ニ短調 S.139/4 R.2b
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ 第23番 ヘ短調 Op.57「熱情」
ベートーヴェン/リスト/金子三勇士:交響曲 第5番「運命」(ピアノ編)

関連サイト:https://www.japanarts.co.jp/concert/p2112/

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