作曲当時のピリオド楽器による演奏は、バロックから古典派の年代で、すでにスタンダードの一つとなった。オペラ・声楽曲にシンフォニーと、多彩なジャンルで魅力的な新譜が登場した。
<BEST1>
パーセル 歌劇「ディドとエネアス」全曲
マキシム・エメリャニチェフ(指揮)/ジョイス・ディドナート(メゾソプラノ)/マイケル・スパイアーズ(テノール)ほか/イル・ポモ・ドーロ
<BEST2>
ハイドン オラトリオ「四季」
ジョルディ・サヴァール(指揮)/リナ・ジョンソン(ソプラノ)、ティルマン・リヒディ(テノール)/マティアス・ヴィンクラー(バリトン)/ラ・カペラ・ナシオナル・デ・カタルーニャ/ル・コンセール・デ・ナシオン
<BEST3>
HAYDN 2032「ルイージのために」ハイドン交響曲全曲録音シリーズ Vol.17
ジョヴァンニ・アントニーニ(指揮)/ドミトリー・スミルノフ(ヴァイオリン)/バーゼル室内管弦楽団
ハイドン:交響曲第13、16、36番、ヴァイオリン協奏曲第1番
17世紀イギリスの作曲家パーセルが遺した唯一の歌劇「ディドとエネアス」は、オペラ史屈指の名作。カルタゴの女王ディドとトロイの王子エネアスが、愛と喪失の濃密なドラマを織りなす。このディスクでは、悲劇の女王を演じる米国のメゾソプラノ、ジョイス・ディドナートの絶唱が強烈な印象を残す。浸透力ある高域から土台の確かな中低域までパワフルな表現力を全開にして、ヒロインの悲しみを徹底的に掘り下げる。幕切れの有名なアリア「私が土に横たえられるとき」まで、息をもつかせず一気に聴かせてしまう。
そんな一世一代の名唱を盛り上げるのは、日本への来演も多い才人エメリャニチェフが率いるオケと合唱団。音楽が宿す生々しい情動や情景を、大きな振幅をもって鮮烈に描き出し、ピリオド楽器によるバロック・オペラの面白さを存分に味わわせる。他の歌手も隙がなく、興趣に富んだ展開に貢献している。この名作の録音に新たな定番が現れた。
ハイドンのオラトリオ「四季」は、「天地創造」と並んで人気が高い。ことし84歳のベテラン、ジョルディ・サヴァールは、みずから主宰する楽団・合唱団と、コンサートに絡めて多くの録音をリリースしてきた。「四季」でも、作品にふさわしい明朗な雰囲気を見通しよく表出し、ハイドンの円熟した書法を余すところなく示す。声楽陣も充実している。エコーが多い石造りの空間での響きは独特で、活力ある自然賛歌が天から舞い降りるよう。
2032年のハイドン生誕300年を目ざして進むジョヴァンニ・アントニーニ指揮による交響曲全集録音は、これが第17集。作曲当時の所属楽団にいたヴァイオリンの名手、ルイージ・トマジーニにちなむ作品を集めた。それゆえ6月に東京フィルの定期演奏会でピンカス・ズーカーマンが弾いたヴァイオリン協奏曲第1番を、ピリオド楽器で楽しめるのが貴重だ。
ふかせ・みちる
音楽ジャーナリスト。早大卒。一般紙の音楽担当記者を経て、広く書き手として活動。音楽界やアーティストの動向を追いかける。専門誌やウェブ・メディア、CDのライナーノート等に寄稿。ディスク評やオーディオ評論も手がける。










