今月18日から4月16日までの間、上野の文化施設を中心に東京・春・音楽祭2023(以下、東京春祭)が開催される。オペラ、オーケストラ・コンサート、室内楽やリサイタルなど内外の一流アーティストが集い60以上の公演が行われる国内最大の総合音楽祭。何を聴けばよいか、どの公演を観れば楽しめるのか。筆者が自らの好みに偏った視点で紹介する。(宮嶋極)
まずは開幕日の18日に東京文化会館大ホールで開催されるリッカルド・ムーティによるヴェルディ「仮面舞踏会」解説会をお勧めしたい。これはムーティによるイタリア・オペラ・アカデミーの第3弾(18日~4月1日)として取り上げられる「仮面舞踏会」の公演に先立ち、作品についてアカデミー生を相手に歌唱や演奏法の指導を公開で行うもの。聴衆にとっては公演の予習という域を超えてイタリア・オペラ界の最高権威であるムーティの作品やオペラについての揺るぎない信念と愛情に直接触れることができる貴重な機会である。
一見強面(こわもて)のムーティだが、ユーモラスな語り口で作品の真価と演奏・歌唱法を圧倒的な説得力をもって伝えてくれる。そして彼のヴェルディをはじめとするイタリア・オペラへの比類なき愛情は聴き手の心を打つもので、筆者は第1回の「リゴレット」の時には涙が止まらないほどの感動を覚えた。
彼が指揮する「仮面舞踏会」の公演は3月28日と30日に同大ホールで予定されている。こちらは今年前半の音楽シーンのハイライトになるであろう注目度。当サイト「先月のピカイチ、来月のイチオシ」でも多くの選者が3月のピカイチに挙げているので詳しくは下記からご覧いただきたい。
先月のピカイチ 来月のイチオシ:イーヴォ・ポゴレリッチ 深い味わい鍵盤に託す……23年1月
なお、アカデミー生による発表公演も4月1日に同ホールで開催される。
次に紹介するのは東京春祭のもうひとつの柱であるワーグナー・シリーズ(4月6日、9日、東京文化会館大ホール)。今年の演目は「ニュルンベルクのマイスタージンガー」。ワーグナーの作品上演の聖地ドイツ・バイロイト音楽祭で上演される主要10作品から毎年1作ずつ演奏会形式で取り上げてきたこの企画。東日本大震災の2011年とコロナ禍に見舞われた2020年、21年に中止となったものの、すでに2巡目に入っている名物企画である。
世界的に活躍する名指揮者を迎えて、ドイツ音楽を得意とするN響が重厚なサウンドを響かせ、ワーグナーのスペシャリストである内外の一流歌手が力強い歌声を披露し毎年、高水準の上演が続けられてきた。
今年の指揮は2014年から「ニーベルングの指環(リング)」全作を担当しワグネリアンからも高い支持を得たマレク・ヤノフスキ。ヤノフスキは2016年からバイロイト音楽祭でも「リング」を指揮し好評を博するなど現代を代表するワーグナー指揮者のひとりでもある。エギリス・シリンス(ザックス)、デイヴィッド・バット・フィリップ(ヴァルター)、アドリアン・エレート(ベックメッサー)、ヨハンニ・フォン・オオストラム(エーファ)ら人気、実力を兼ね備えた歌手が一堂に会する。また、「マイスタージンガー」はコーラスが大活躍する作品だが、バイロイト音楽祭の合唱指揮者エベルハルト・フリードリヒが合唱指揮を担当することも楽しみである。さらにコンマスを元ウィーン・フィルの第1コンマスで、N響ゲスト・コンマスも務めたライナー・キュッヒルが担当することにも注目したい。ウィーン国立歌劇場やザルツブルク音楽祭などで豊富な経験を有するキュッヒルにとってオペラ公演のコンマスは彼の真骨頂といえる場でもある。過去の東京春祭の公演でもその〝凄さ〟を存分に発揮してみせたことは多くの聴衆の記憶に残っている。
なお、作品の聴きどころについては東京春祭で前回「マイスタージンガー」を取り上げた2013年に同祭のホームページに寄稿した筆者の拙稿をお読みいただけると幸いです。
そしてバイロイト音楽祭との提携公演である「子どものためのワーグナー“ニュルンベルクのマイスタージンガー”」(3月25日、26日、31日、4月1日、2日)も東京春祭ならではの企画。バイロイト音楽祭のカタリーナ・ワーグナー総裁の監修のもと子ども向けに分かりやすくコンパクトにまとめたステージは本公演の“予習”として大人が鑑賞することも可能だ。三井住友銀行東館ライジング・スクエアが会場となるのも面白い。
東京文化会館大ホールにおける大型公演としては英国の人気バス・バリトン、ブリン・ターフェルのコンサート(4月5日、沼尻竜典指揮、東京交響楽団)、合唱シリーズとしてブラームスの「ドイツ・レクイエム」(4月8日、フィネガン・ダウニー・ディアー指揮、東京都交響楽団)、プッチーニ・シリーズとして「トスカ」の演奏会形式上演(4月13日、16日、フレデリック・シャスラン指揮、読売日本交響楽団)なども人気を集めそう。
東京文化会館小ホールではベルリン・フィルの第1コンマス樫本大進を中心に第1ソロ・ヴィオラ奏者アミハイ・グロス、ソロ・チェロ奏者オラフ・マニンガー、ピアニストのオハッド・ベン=アリによる室内楽(3月18日)など内外の一流アーティストによる室内楽やリサイタルが開催される。
加えて東京芸術大学奏楽堂、さらに博物館や美術館など上野にある数々の文化施設を会場にした公演も東京春祭の聴きどころのひとつとなっている。その中で紹介しておきたいのは今年、「国宝展」でも注目された東京国立博物館で行われるミュージアム・コンサート「東博でバッハ」である。今年は周防亮介(ヴァイオリン、3月22日、23日)、徳永真一郎(ギター、3月29日)、川口成彦(フォルテピアノ、4月3日)、上村文乃(チェロ、4月4日)、神田寛明&小倉貴久子(フルート&チェンバロ、4月12日)がラインナップされている。
公式サイト
東京・春・音楽祭 (tokyo-harusai.com)
みやじま・きわみ
放送番組・映像制作会社である毎日映画社に勤務する傍ら音楽ジャーナリストとしても活動。オーケストラ、ドイツ・オペラの分野を重点に取材を展開。中でもワーグナー作品上演の総本山といわれるドイツ・バイロイト音楽祭には2000年代以降、ほぼ毎年訪れるなどして公演のみならずバックステージの情報収集にも力を入れている。