東京都交響楽団がこの6月、客席が沸き立つ高水準の演奏を立て続けに披露した。ひとつは同団終身名誉指揮者、小泉和裕が指揮したプロムナードコンサート。もうひとつはフランスの鬼才、マルク・ミンコフスキが登場した定期演奏会Cシリーズ。どちらもオケが退場しても拍手が鳴りやまず、指揮者がひとりでステージに再登場する、いわゆるソロ・カーテンコールの光景が繰り広げられた。両公演について報告する。(宮嶋 極)
東京都交響楽団プロムナードコンサート
小泉和裕が指揮する都響の演奏会はいつも盛り上がる。客席はほぼ満席、終演後にはソロ・カーテンコールが行われるほどの盛大な喝采が贈られるなど、聴衆に与える満足度は常に高い。
この日の演目はブルッフのヴァイオリン協奏曲第1番とベルリオーズの幻想交響曲。協奏曲のソリストはドイツ出身のヴァイオリニスト、クララ=ジュミ・カン。
カンのソロは音程やリズムが細部にまで正確でカッチリとした造形美を感じさせるもの。こうしたソロを小泉と都響は温かみのある響きで支え、全体としては端正ながらも美しい演奏に仕上げた。
メインの幻想はよい意味で20世紀の巨匠指揮者のようなアプローチ。それは小泉の師でもあったヘルベルト・フォン・カラヤンの〝模倣〟というものではない。なぜなら、小泉ならではの独自性が随所に散りばめられており、それが演奏全体の性格に大きな意味をもたらしていたからである。最弱音から最強音まで、ダイナミックレンジを広く取り、しっかりとした和声感の上に旋律を力強いタッチで描くように表出していく。遠い昔に聴いたカラヤンの流麗な演奏とは一線を画するものである。その一方で最近のはやりである音楽の内部構造をスケルトンのようにして表現するスタイリッシュな演奏とも明らかな違いがあり、小泉ならではの個性が発揮された幻想であったといえる所以(ゆえん)である。
いつものことであるが、彼が指揮台に立つと都響はよく鳴ると感じるのは筆者だけではないだろう。両者の長年にわたる協調関係から、小泉は都響の〝鳴るツボ〟をよく心得ているのであろう。こうした点にも毎回、ファンの期待に応える熱演が生み出される要因があるのかもしれない。
東京都交響楽団定期演奏会Cシリーズ
ミンコフスキと都響の共演は2014年の初登場以来、今回で5度目。ありきたりの解釈は決してしないミンコフスキだが、今回も従来のブルックナーのスタイルにとらわれない、音楽としての面白さをとことん掘り下げた演奏が行われた。
ブルックナーといえば、ヨーロッパの大都市にある石造りの大きな聖堂に鳴りわたる大パイプオルガンの響きのようなイメージを持つ人が多いはすだ。ブルックナーが教会オルガニストとしても活躍していたことは有名であり、演奏者はもちろん、聴衆の側もそうしたイメージを持って作品に向き合うことが多い。ところが、ミンコフスキはこれらの定型にはこだわらずにニュートラルな視座で譜面と向き合い、そこから彼なりの解釈を見出していたように映った。
第1楽章、最初の金管によるコラールからバランスの取れた響きを創出。和音の余韻が消え入るまで次に進むことはなく、その後も全曲にわたって休符やゲネラルパウゼ(GP=総休止)を丁寧に処理していた。特に強いインパクトがあったのはテンポの緩急。第1楽章のコーダは今まで聴いたこの曲のどの演奏よりも速かった。テンポにメリハリをつけることで曲の印象はかなり変わってくる。全曲に要した時間は約70分。通常は75分から80分かかるだけに、速い部分がいかに速かったかが数字からも明らかであろう。
第2楽章は都響のやや渋めで重厚な弦楽器のサウンドを有効に使い、長い音符をタップリと響かせ、深みと温かさを感じさせる見事な緩徐楽章となっていた。ブルックナー演奏の〝キモ〟はこうした緩徐楽章にある。スケルツォの第3楽章は再び緩急の変化に富んだアプローチ。そして圧巻は終楽章であった。響きの構築に重きを置くのではなく、フーガなど対位法の妙味に光を当てる彼ならではの組み立てで、厚い和声に埋もれがちだったこの作品の別の魅力を明快に提示した。アンサンブルが躍動する奥にバッハのスピリットが息づいているかのように感じられた。なかなかできない体験である。最後の和音が減衰しきってからしばらく拍手が出ずに余韻を楽しめたのもよかった。その後は、割れんばかりの盛大な喝采が続いたのは前述の通りである。
公演データ
6月17日(土)14:00 サントリーホール
指揮:小泉 和裕
ヴァイオリン:クララ=ジュミ・カン
コンサートマスター:矢部 達哉
ブルッフ:ヴァイオリン協奏曲第1番ト短調Op.26
ベルリオーズ:幻想交響曲Op.14
6月25日(日)14:00 東京芸術劇場コンサートホール
同内容Bシリーズ⇒26日(月)19:00 サントリーホール
指揮:マルク・ミンコフスキ
コンサートマスター:矢部 達哉
ブルックナー:交響曲第5番変ロ長調WAB.105(ノヴァーク版)
みやじま・きわみ
放送番組・映像制作会社である毎日映画社に勤務する傍ら音楽ジャーナリストとしても活動。オーケストラ、ドイツ・オペラの分野を重点に取材を展開。中でもワーグナー作品上演の総本山といわれるドイツ・バイロイト音楽祭には2000年代以降、ほぼ毎年訪れるなどして公演のみならずバックステージの情報収集にも力を入れている。