2月に東京で開催されたピアノ・リサイタルからブルース・リウとラファウ・ブレハッチの公演についてそれぞれリポートする。(宮嶋 極)
【ブルース・リウ ピアノ・リサイタル】
反田恭平(2位)と小林愛美(4位)が上位入賞したことでも注目を集めた2021年の第18回ショパン国際ピアノ・コンクールで優勝したブルース・シャオユー・リウ(劉曉禹)のリサイタル。コンクールで使用したのと同じイタリアのピアノ・メーカー「ファツィオリ」のフル・コンサート・ピアノで演奏した。通常のフルコンよりも明らかに長く、2階客席からの目測では恐らく全長3メートル超はあったのではないだろうか。全体に明るい響きでクリアな低音がリウの指向する音楽にマッチしていたように感じた。
それにしても国際コンクールで優勝したばかりのピアニストのテクニックはたいしたものである。名のあるピアニストであってもリサイタルで何曲も弾くと筆者でも分かるようなミスタッチが1、2回はあるものだが(もちろんそれが演奏全体の評価を左右するものではないが)この日のリウはすべての曲をノーミスで弾いたように聴こえた。音の粒もよくそろっていてファツィオリのクリアな響きが演奏に一層の効果をもたらしていた。前後半ともに締めはモーツァルトの歌劇「ドン・ジョヴァンニ」のモティーフを題材にしたショパンとリストの作品。ピアノ界の巨匠であるショパンとリストの作風の違いを完璧なテクニックを駆使してうまく弾き分けていた。
万雷の拍手に応えて4曲もアンコールするサービスぶり。最後はベートーヴェンの「エリーゼのために」をジャズ・テイストにアレンジしたイーサン・ウスランの「エリーゼのためにイン ラグタイム」で客席をさらに沸かせた。ライジング・スターの勢いを感じさせる演奏会であった。
余談であるが休憩時にトイレに行ったところ男性トイレに人の姿がなく驚いた。ロビーを見渡してみるとこの日の聴衆の8割以上が女性。その年齢層はかなり若かった。ライジング・スターが次の世代の聴衆をコンサートホールへと引き付けていることを実感させてくれる光景であった。
余談をもうひとつ。リウが愛用しているファツィオリであるが一昨年のショパン・コンクールでは3位のマルティン・ガルシア・ガルシア、5位のレオノーラ・アルメリーニも使用していた。最近、著名なピアニストが使っているのを見かけることも増えており、スタインウェイ&サンズの強力なライバルになりつつあるようだ。
【ラファウ・ブレハッチ ピアノ・リサイタル】
翌日はサントリーホールで2005年のショパン・コンクールで優勝したことに加えてマズルカ賞、ポロネーズ賞などの数々の賞を獲得したラファウ・ブレハッチのリサイタル。現代を代表するピアニストのひとりであるブレハッチにもはやコンクール云々を記す必要はないのだが、同じショパン・コンクールの覇者といってもブレハッチとリウの演奏スタイルの違いが連続して聴くことによって明確に伝わってきて面白い。
同じショパンを弾いてもクリアで凛(りん)としたタッチのリウに対してブレハッチは柔らかなタッチで流麗な音楽に仕上げていた。さらにピアニッシモ(とても弱く)の繊細な表現が際立っており、ショパンの音楽に内在する作曲者のデリケートな心情が演奏によく投影されていた。
一方、モーツァルトのソナタ第11番では変奏曲となっている第1楽章で左手の和音の動きに工夫を凝らしていることが感じられ、それによって調性の変化も含めてテーマがいかに展開していくかが効果的に伝わってきた。シマノフスキの変奏曲でもテーマの展開と変化による音の色合いの違いをいかに表現していくかに注力して弾き進められ、最後の12曲目になって技巧を全開にしたかのような華麗なテクニックを披露し締めくくった。
こちらも万雷の喝采が鳴りやまずショパンのワルツ第7番と24の前奏曲から第7番をアンコールした。
ちなみにブレハッチの使用楽器はスタインウェイで、客席の約7割が女性であった。
公演データ
2月24日(金)19:00 東京オペラシティ コンサートホール
ラモー:クラヴサンのための小品
ショパン:モーツァルトの歌劇「ドン・ジョヴァンニ」の〝お手をどうぞ〟の主題による変奏曲変ロ長調Op.2
ショパン:ピアノ・ソナタ第2番変ロ短調Op.35「葬送」
ショパン:3つの新しい練習曲
リスト:ドン・ジョヴァンニの回想S.418
2月25日(土)18:00 サントリーホール
ショパン:ノクターンヘ短調 Op.55-1
ショパン:4つのマズルカOp.6
ショパン:ポロネーズ第7番変イ長調Op.61「幻想ポロネーズ」
ショパン:2つのポロネーズ第3番イ長調Op.40-1「軍隊」、第4番ハ短調Op.40-2
ショパン:ポロネーズ第6番変イ長調Op.53「英雄」
ドビュッシー:ベルガマスク組曲
モーツァルト:ピアノ・ソナタ第11番イ長調K331「トルコ行進曲付」
シマノフスキ:12の変奏曲変ロ短調Op.3
みやじま・きわみ
放送番組・映像制作会社である毎日映画社に勤務する傍ら音楽ジャーナリストとしても活動。オーケストラ、ドイツ・オペラの分野を重点に取材を展開。中でもワーグナー作品上演の総本山といわれるドイツ・バイロイト音楽祭には2000年代以降、ほぼ毎年訪れるなどして公演のみならずバックステージの情報収集にも力を入れている。