2月の在京オーケストラレビュー~NHK交響楽団、東京都交響楽団

N響への客演で再びオーケストラ・ドライブの力量を示したフルシャ 写真提供:NHK交響楽団
N響への客演で再びオーケストラ・ドライブの力量を示したフルシャ 写真提供:NHK交響楽団

 2月に開催された在京オーケストラの演奏会の中からヤクブ・フルシャが指揮したNHK交響楽団の定期公演Bプログラムとフランスの名匠ヤン・パスカル・トルトゥリエが客演した東京都交響楽団の定期演奏会Cシリーズを振り返る。(宮嶋 極)

【NHK交響楽団2月定期公演Bプログラム】

 ヤクブ・フルシャは現在、チェコ出身の指揮者の中ではトップランナー的な存在としてコンサートとオペラの両面で活躍の場を拡げている実力派である。今年42歳。「すい星のごとく……」のような派手さはないが、この10年くらいの間にキャリアとともにその実力を着実に向上させていることが、今回のN響との共演でも伝わってきた。ちなみに現在はドイツの名門バンベルク交響楽団の首席指揮者を務めており、25/26シーズンからは英国ロイヤル・オペラの音楽監督に就任することが決まっている。

 

 N響との共演は19年4月の定期公演以来。メインのブラームスの交響曲第4番では均整のとれた音作りをベースに作品の緻密な構成美を意識した正攻法のアプローチで全体像を描き出した一方で、内部に情熱を凝縮した演奏はなかなか聴き応えがあった。かつてN響の名誉指揮者を務めたホルスト・シュタインとのブラームスを思い出した。こじつけのようだが、シュタインもバンベルク響のシェフであった。もちろんフルシャの音楽は20世紀の名指揮者の再現というものではなく現代感覚にもあふれたものなのだが、どこか古き良き時代の風格を感じさせてくれるような面もあるところが面白い。

 

 そんなこともあってかN響との相性はとても良いようでメンバーはフルシャの目指す方向性に共感をもって演奏しているように映った。オケのメンバーの間にこうしたムードを醸成させることができるのも指揮者に求められる重要な力量のひとつであろう。昨年夏に東京都交響楽団に客演し大きな注目を集めたクラウス・マケラもそうだった。作品に対する解釈や知識、オケを実際にドライブするテクニックはもちろん大切なのだが、メンバーに自分の音楽を納得させ、やる気をもって演奏させるスキルも重要である。そして面白いことに指揮者とオケの良好な関係性は聴衆にも確実に伝わる。この日もメンバー退場後も拍手が鳴りやまず、フルシャはステージに呼び戻されて喝采に応えていた。

 

 前半のシマノフスキの交響曲第4番「協奏交響曲」はピアノにヴァイオリン、ヴィオラ、ティンパニのソロが絡みながら進行していく異色のスタイルの作品である。作曲者と同じポーランド出身のピアニスト、アンデルシェフスキは力強くクリアなタッチで変化に富んだこの作品を自信に満ちた様子で弾き進めていく。フルシャとN響は柔軟にピアノに寄り添い、躍動感のある掛け合いを繰り広げた。なお、アンデルシェフスキは2006年にもシャルル・デュトワの指揮で同じ曲をN響と共演している。

シマノフスキの協奏交響曲で協演したアンデルシェフスキ 写真提供:NHK交響楽団
シマノフスキの協奏交響曲で協演したアンデルシェフスキ 写真提供:NHK交響楽団

【東京都交響楽団2月定期演奏会Cシリーズ】

 都響に客演したヤン・パスカル・トルトゥリエは今年76歳のフランスのベテラン指揮者。カラフルな音色を生かした優美な音作りというフランス系アーティスト特有のキャラクターよりも現代的でどこか荒々しさすら感じさせる音楽を聴かせたのには少し驚かされた。

前半のラロのスペイン交響曲のソリストは米国のヴァイオリニスト、ベンジャミン・ベイルマン。豊かな音量としなやかなボウイングで朗々と楽器を鳴らすソロは華やかで濃厚な響きが際立っていた。とにかく音の豊かさ、太さに驚かされたが、ソリスト・アンコールとして演奏したバッハの無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ 第3番の〝ラルゴ〟では一転、ノーヴィブラートでガット弦を張ったバロック・ヴァイオリンのような響きを紡ぎ出したのにはさらに驚かされた。もしかすると、アンコールでは楽器を持ち替えたのでは思ったほどの違いであった。いずれにしても懐の深さを感じさせるアーティストである。

 

 メインの幻想交響曲は前述したようなフランス的な優美さよりも荒々しさすら覚えるほどのダイナミックな音楽作りがなされていた。ただ、普段はあまり目立たない木管楽器の第2パートの旋律が時折、聴こえてきたりするのはトルトゥリエ流といえるのかもしれない。都響は音の強弱幅を広くとった起伏に富んだ演奏でよく指揮者の要求に応えていた。オケの醍醐味(だいごみ)を満喫させてくれる迫力ある演奏に終演後の拍手も盛大で、メンバー退場後も鳴りやむことなくトルトゥリエがステージに呼び戻されていた。

フランスのベテラン、トルトゥリエとアメリカの若きヴァイオリニスト、ベイルマンの協演=東京都交響楽団提供 (C)堀田力丸
フランスのベテラン、トルトゥリエとアメリカの若きヴァイオリニスト、ベイルマンの協演=東京都交響楽団提供 (C)堀田力丸

公演データ

【NHK交響楽団2月定期公演Bプログラム】

2月15日(水)19:00、16日(木)19:00 サントリーホール

指揮:ヤクブ・フルシャ
ピアノ:ピョートル・アンデルシェフスキ
コンサートマスター:白井 圭
ドヴォルザーク:序曲「フス教徒」Op.67
シマノフスキ:交響曲第4番Op.60「協奏交響曲」
ブラームス:交響曲第4番ホ短調Op.98

【東京都交響楽団2月定期演奏会Cシリーズ】

2月19日(日)14:00 東京術劇場コンサートホール

指揮:ヤン・パスカル・トルトゥリエ
ヴァイオリン:ベンジャミン・ベイルマン
コンサートマスター:矢部 達哉
ラロ:ヴァイオリン協奏曲第2番ニ短調Op.21「スペイン交響曲」
ベルリオーズ:幻想交響曲Op.14

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宮嶋 極

みやじま・きわみ

放送番組・映像制作会社である毎日映画社に勤務する傍ら音楽ジャーナリストとしても活動。オーケストラ、ドイツ・オペラの分野を重点に取材を展開。中でもワーグナー作品上演の総本山といわれるドイツ・バイロイト音楽祭には2000年代以降、ほぼ毎年訪れるなどして公演のみならずバックステージの情報収集にも力を入れている。

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