第9回仙台国際音楽コンクールピアノ部門~彗星のごとき入賞者への驚嘆と期待

左から、第2位=アレクサンドル・クリチコ、第1位=エリザヴェータ・ウクラインスカヤ、第3位=天野薫 写真提供:仙台国際音楽コンクール事務局
左から、第2位=アレクサンドル・クリチコ、第1位=エリザヴェータ・ウクラインスカヤ、第3位=天野薫 写真提供:仙台国際音楽コンクール事務局

第9回仙台国際音楽コンクールが5月24日に開幕し、ヴァイオリン部門に続いてピアノ部門が6月14日から29日まで開催された。動画による予備審査には34の国や地域から445名の応募があり、そのうち舞台審査=予選に進んだのは44名。終了後の会見で「(予備審査は)前回以上に技術的に高い水準。さながら若いピアニストのミニ・フェスティバルのよう」と称した野平一郎審査委員長の言葉通り、以降のラウンドも高水準の演奏が続いた。本リポートでは、セミファイナル以降のラウンドの各演奏の様子を、野平委員長の講評を織り交ぜつつお届けしたい。(正木裕美)

第1位を受賞したエリザヴェータ・ウクラインスカヤ。現在はサンクトペテルブルク音楽院でピアノと室内楽の教鞭も執る 写真提供:仙台国際音楽コンクール事務局
第1位を受賞したエリザヴェータ・ウクラインスカヤ。現在はサンクトペテルブルク音楽院でピアノと室内楽の教鞭も執る 写真提供:仙台国際音楽コンクール事務局

リサイタル形式の予選を経て、セミファイナル(=セミ)以降は「協奏曲コンクール」の異名のとおり、高関健指揮仙台フィルハーモニー管弦楽団との協奏曲が課題。セミではモーツァルトのピアノ協奏曲の第10番台の指定5曲から1曲、またファイナルでは同協奏曲第20番台の指定6曲から1曲に加え、リストやチャイコフスキー、矢代秋雄ほかの自由選択曲から任意の1曲を演奏した。

モーツァルト2曲の違いとしては、10番台はより緊密な室内楽的要素を湛え、実際オーケストラは第1ヴァイオリンから6、4、3、2、1の小編成。20番台はより高度な音楽的表現と交響的要素が求められ、編成も8、6、4、4、3と大きくなる。野平委員長の「ピアニストである前に音楽家の資質を求められる」との言葉通り、その構成力、様式への理解、オーケストラとの調和力など、手指のテクニックのみでは測れない音楽的素養を浮き彫りにした。

第2位を受賞したアレクサンドル・クリチコ 写真提供:仙台国際音楽コンクール事務局
第2位を受賞したアレクサンドル・クリチコ 写真提供:仙台国際音楽コンクール事務局

以降は順位と各演奏について。第1位はエリザヴェータ・ウクラインスカヤ(ロシア・28歳)が受賞した。セミのモーツァルト第17番K453はコロラトゥーラのような音色で様式美と品位を湛え、美しくオーケストラと協奏していた。ファイナルで弾いた第21番K467では何よりも第3楽章のピアノ冒頭のカデンツァ(自作)に度肝を抜かれ、後半の自作のカデンツァも意欲的(しかも来仙してから作曲&譜面を作成したというから驚く)。またチャイコスキーの協奏曲第1番では深い情感と力強さの内に瞬時の音色のコントロールや曲想の対比を解像度高く響かせ、アンサンブル力にも長けていた。モーツァルト、チャイコフスキーともに作品の本質をいかに聴き手に伝えるか、という点に意識があり、その才を備えていたように思う。

第2位はアレクサンドル・クリチコ(ロシア・24歳)と、ロシア勢が1~2位を占めた。セミの第17番K453、ファイナルの第21番K467ともに指先のコントロールが絶妙で、細やかなアーティキュレーションを施し、ペダルは極力用いない。大仰な表現とは一線を画して陰影豊かにフレーズを弾き分け、オーケストラの譜面も把握し構成を浮き彫りにしていた。それはファイナルにおけるラフマニノフの協奏曲第3番も同様で、構成が良く練られ、過度に全体を鳴らさない。それゆえに音楽に奥行きが生まれてスケールの大きな音楽を構築し、推進力を以って豪壮に歌い上げた。

第3位を受賞した弱冠11歳の天野薫 写真提供:仙台国際音楽コンクール事務局
第3位を受賞した弱冠11歳の天野薫 写真提供:仙台国際音楽コンクール事務局

第3位は天野薫(日本・11歳)。小学生という事で話題となったが、セミのモーツァルト第17番K453では話題性以上の音楽性を発揮。旋律間やオケとのレスポンス、第3楽章のオペラ・ブッファの幕引きを思わせる表情に富んだ軽快さなど、躍動感のある音楽が際立った。野平委員長が講評した「そこで生まれたかのような音楽が作れる(=奏でられる)」という点はまさにこのことだろう。指揮者の高関が随所で見せたオーケストラへの音量を抑える指示が気になったが、この懸念はファイナルの矢代秋雄の協奏曲で払拭された。変拍子が続く複雑なこの作品を、一点の曇りもなく自身の内なる音楽として掌握し、オーケストラと対峙する様はまさに圧巻の一言。同じファイナルのモーツァルト第21番K467では譜面どおりに弾けない(=暗譜を忘れた?)アクシデントも見られたが、それを凌駕するものがあったということだろう。

第4位に入賞したユリアン・ガスト 写真提供:仙台国際音楽コンクール事務局
第4位に入賞したユリアン・ガスト 写真提供:仙台国際音楽コンクール事務局

第4位はユリアン・ガスト(ドイツ・25歳)。セミのモーツァルト第19番K459ではオーケストラとの主・副旋律を弾き分けテンポの速い第3楽章でも安定したアンサンブルを聴かせたが、ファイナルの第20番K466ではそれが薄れてしまったか。ラフマニノフの協奏曲第3番では各パッセージを端正に作り込み、丁寧な音楽づくりが際立ったが、個人的には音楽全体が少し窮屈に感じられた。

第5位の島田璃音(日本・24歳)はモーツァルト第17番K453、第20番K466、リストともにクリアな音色が身上。所々甘美な表現を用いて特にピアニッシモに気を配り、ペダルを長短踏み分けて構成への理解も感じられた。リストはクリアな音色が生きて華やかに奏でたが、この点に焦点を当てすぎたか。曲想を弾き分けたものの連関せず、やや披歴的に聴こえてしまった。アンサンブル・アンテルコンタンポランのピアニスト、セバスチャン・ヴィシャールへ師事しているそうだから、より冷静に弾き分けられたのではと悔やまれる。

第5位に入賞した島田璃音。ピアノ部門では日本人2名が入賞を果たした 写真提供:仙台国際音楽コンクール事務局
第5位に入賞した島田璃音。ピアノ部門では日本人2名が入賞を果たした 写真提供:仙台国際音楽コンクール事務局

第6位のヤン・ニコヴィッチ(クロアチア・24歳)は全体的に個性を主張した演奏が際立った。セミの第15番K450ではロマンティックな表現で音色の濃淡を効かせ、第3楽章ではイタリアのようなカラッとした軽快な音楽運び。チャイコフスキーの協奏曲第1番第2楽章のテーマ回帰後の美しさは特筆したい。ただ全体的に楽譜の読み込みが浅く、音色が割れてしまったりアンサンブルとの協奏がおろそかになったりと、粗削りな面も目立った。

野平委員長によると、特に第1、2位は接戦で本選の審査は時間がかかったものの、概ね審査はスムーズに行われたという。「活躍の一助になれば仙台国際音楽コンクールは成功したと言えるのではないか」(野平)との言葉通り、彗星のように現れた11歳の天野を含め、入賞者たちの今後の活躍に注目したい。

第6位に入賞したヤン・ニコヴィッチ 写真提供:仙台国際音楽コンクール事務局
第6位に入賞したヤン・ニコヴィッチ 写真提供:仙台国際音楽コンクール事務局

コンクール詳細

仙台国際音楽コンクール
・ヴァイオリン部門

5月24日 (土) ~ 6月8日 (日)
・ピアノ部門

6月14日(土)~29日(日)
いずれも日立システムズホール仙台(仙台市)で開催

ピアノ部門入賞者
第1位:エリザヴェータ・ウクラインスカヤ(ロシア・28歳)
第2位:アレクサンドル・クリチコ(ロシア・24歳)
第3位:天野薫(日本・11歳)
第4位:ユリアン・ガスト(ドイツ・25歳)
第5位:島田璃音(日本・24歳)
第6位:ヤン・ニコヴィッチ(クロアチア・24歳)

第9回仙台国際音楽コンクール|特設ページ
(各演奏者のオンデマンド配信あり)

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正木 裕美

まさき・ひろみ

クラシック音楽の総合情報誌「音楽の友」編集部勤務を経て、現在はクラシックナビ編集のほか、フリーランスで執筆を行う。最近の関心事は地域特性とクラシック音楽の在り様。日本芸術文化振興会 芸術文化振興基金運営委員会 音楽専門委員及び舞台芸術等総合支援事業公演調査員。仙台市 芸術・音楽堂等の活性化事業 事業評価担当。仙台在住。

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