楽団の持ち味を生かしつつ自分の音楽を作るアプローチを貫く
山田和樹が、6月12日(現地時間)にベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(BPH)の定期演奏会にデビューした。最後に演奏されたサン=サーンスの交響曲第3番が華々しく全曲を閉じると、「ブラボー」の声が複数かけられ、デビュー指揮者には珍しいスタンディング・オベーションが起こり、楽員の引き揚げ後も舞台に呼び出されるほどだった。14日まで公演は3回行われ、14日の公演はNHK-Eテレ/BSP4Kで(日本時間15日午前2時から)生中継される予定。
成功の大きな要因は、山田の各楽団の持ち味を最大限に生かしながら自らの音楽の世界に導いていく姿勢で、日本でも彼が見せているやり方の延長線上にあり、それを世界最高峰の楽団でも貫いた結果だったといえる。
BPHの前芸術監督ラトルは「BPHの指揮は、『猛獣を檻から放つ作業』で、指揮する方に迷いが生ずると、彼らが備えている高い音楽性に従って意図していない方向に持っていかれる。そんな中で自分の音楽を作るのは至難の業だが、成功したときには信じられない充実した瞬間が訪れる」と話した。

プログラムは「フランス音楽をメインにしたい」という山田の希望をもとにレスピーギの交響詩「ローマの噴水」、ベルリン・フィルのフルート奏者エマニュエル・パユをソリストに迎えた武満徹「ウォーター・ドリーミング」、サン=サーンスの交響曲第3番「オルガン付」の3曲が演奏された。
前半は水にちなむ2曲。「ローマの噴水」では、名所の噴水をモティーフにした一日の光と水の変化を、繊細な山田の棒がBPHの表現の開放と抑制を操り極彩色の絵巻物のように展開し、上々の導入となった。
パユと山田という武満作品の演奏機会が多い2人の共演による「ウォーター・ドリーミング」は、BPHが紡ぎだす夢想的な音の「地」の上を浮遊するような「図」の如くのパユの独奏で始まり、曲の中で図と地の役割が入れ替わることなどを経て、夢の世界と大河の流れを思わせる時間が出現した。BPHは日本人指揮者やアバド、ラトルなど歴代の芸術監督が継続的に武満の作品を取り上げてきたことで「武満トーン」とされる音の特徴が高い次元で結びついた演奏となった。
サン=サーンスの作品は、山田は過去にスイス・ロマンド管と録音、またバーミンガム市響(CBSO)との欧州ツアーも経験、昨年のモンテカルロ・フィルの来日公演でも演奏している。
フランスの名指揮者プラッソンは「フランスのオーケストラは中で管楽器と弦楽器それぞれのアンサンブルを作り、それをもとに多彩な変化を加えていく、それを生かした作品も多い。」と話した。昨年のモンテカルロ・フィルの演奏にその特徴が見られ、山田も「その特徴はいまでもフランスのローカルなオーケストラの中には残っている」と意識しての演奏だったことを認めた。フランス語圏の楽団での演奏を経て、今回の公演に臨む用意周到さがプラスに働いた。

その特徴は、演奏中も互いの奏者の音を聴きあい、室内楽の活動も盛んなBPHの目指すところとも一致点を見いだせる。カラヤンでさえ弦楽器への指示を最小限に留めたという弦楽の合奏力と名手揃いの管楽器陣が、山田のオーケストラへの解放と抑制を使い分けた指揮の中で豊かな音空間を生み、終楽章のオルガンによる宇宙的なエネルギーを加えて曲は閉じられた。
2026/27年から名門ベルリン・ドイツ響の首席指揮者兼芸術監督となる山田。トゥガン・ソヒエフもかつてその職の任にあり、世界を代表する指揮者に成長した。2度目に呼ばれてこそ真価を認めた証しだといわれるBPH。それをクリアしてベルリンに山田劇場の幕開きを期待したい。
この勢いそのままに今月から来日するバーミンガム市響でもその真価をぜひ聴きとってもらいたい。
(平末 広)

◇公演詳細
6月12日(木)20:00 ※取材日、13日(金)20:00、14日(土)19:00(現地時間)
ベルリン・フィルハーモニー 大ホール
指揮:山田和樹
フルート:エマニュエル・パユ
管弦楽:ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
レスピーギ:交響詩「ローマの噴水」
武満徹:「ウォーター・ドリーミング」
サン・サーンス:交響曲第3番「オルガン付」
◇筆者プロフィール
平末 広(ひらすえ・ひろし) 音楽ジャーナリスト。神戸市生まれ。東芝EMIのクラシック担当、産経新聞社文化部記者、「モーストリー・クラシック」副編集長を経て、現在、滋賀県立びわ湖ホール・広報部。EMI、フジサンケイグループを通じて、サイモン=ラトルに関わる。キリル・ぺトレンコの日本の媒体での最初のインタビューをしたことが、ささやかな自慢。