宮崎国際音楽祭、チョン・ミョンフンのしなやかな音楽運びでフィナーレ

新・音楽監督 三浦文彰(左)とフィナーレの2公演で指揮台に立ったチョン・ミョンフン (C) K.Miura
新・音楽監督 三浦文彰(左)とフィナーレの2公演で指揮台に立ったチョン・ミョンフン (C) K.Miura

30回目の節目を機に、三浦文彰を音楽監督に据えて新たなスタートを切った宮崎国際音楽祭。4月下旬から5月まで行われた公演の中から、チョン・ミョンフンとともにフィナーレを飾った2公演を音楽ライターの柴田克彦氏にリポートして頂く。

第30回宮崎国際音楽祭が4月20日〜5月18日に開催され、メディキット県民文化センター(宮崎県立芸術劇場)を中心に16公演が行われた。今年は、音楽監督が重鎮・徳永二男から俊英ヴァイオリニスト・三浦文彰にバトンタッチされ、ラインナップにも、複数公演への自身の出演をはじめ、ピアノの辻井伸行の出演、AI技術を活用したアニメーションとのコラボ等々、三浦色が如実に反映されている。とはいえ、各企画の真摯な内容には、「皆によい音楽を」という不変のポリシーが息づいており、幸せな継承がなされたことを感じさせる。

筆者は今回、最大のゲストともいえる世界的指揮者チョン・ミョンフンが振る最後の2公演(共にアイザックスターンホール)に足を運んだ。

5月17日は「ブラームスの殿堂」と題したこの作曲家の特集。オーケストラは宮崎国際音楽祭管弦楽団である。同楽団は毎回ソリストや全国著名楽団のトップ級奏者が集う超豪華なメンバー構成。ただし今年は三浦に近い世代の奏者が増えてかなり若返った感がある。

ソリストとして力強いソロを聴かせた三浦 (C)K.Miura
ソリストとして力強いソロを聴かせた三浦 (C)K.Miura

前半のヴァイオリン協奏曲は三浦の独奏。チョン・ミョンフンは芳醇な音楽をじっくりと紡ぎ出し、三浦は艶やかかつ明確で力強いソロを展開する。第2楽章は最初のオーボエ・ソロが秀逸で、三浦のソロもより艶美(えんび)。第3楽章は当然華やかさが増すが落ち着きもある。

後半の交響曲第2番も、チョン・ミョンフンは大仰な表現を避けて、しっとりしなやかな音楽を生み出していく。第2楽章はとりわけじっくりと丁寧に奏され、第3楽章も実にまろやかだ。第4楽章は当然活力十分だが、運びは柔軟かつ自然。この日は〝豊穣なニ長調音楽〟を聴いた充実感に浸った。アンコールは豊麗なハンガリー舞曲第1番。

しなやかにブラームスを紡いだ宮崎国際音楽祭管弦楽団 (C)K.Miura
しなやかにブラームスを紡いだ宮崎国際音楽祭管弦楽団 (C)K.Miura

翌5月18日は「苦悩を突き抜け歓喜にいたれ」と題したベートーヴェンの交響曲第9番「合唱付き」の公演。ソプラノ=中村恵理、メゾ・ソプラノ=バン・シンジェ、テノール=工藤和真、バス=池内響(男声2名は急遽の代役)の独唱陣に、305名の応募の中から抽選で選ばれた157名の宮崎国際音楽祭合唱団が加わる。

ミラノ・スカラ座の音楽監督に就任するチョン・ミョンフン (C)K.Miura
ミラノ・スカラ座の音楽監督に就任するチョン・ミョンフン (C)K.Miura

チョン・ミョンフンは祝祭的な本公演でも無闇な力演・熱演に走らず、しなやかに細やかに音楽を運んでいく。緊張感がキープされた第1楽章も流れは極めて自然。第2楽章はキッパリとして歯切れがいい。第3楽章は充実した和声感のある音楽。第4楽章前半は弦楽器の豊かな響きが効果を発揮する。声楽部分も引き続き丁寧な演奏。独唱は池内のオペラティックな表現が際立つ。合唱はこの種の団体としては精度が高く、特に荘厳な部分の深い表現が光った。それに良かったのは舞台のオーケストラ後方ではなくオルガン前を含む2階席に位置したこと。おかげで声が明瞭に響いた。管弦楽もフーガ部分をはじめさすがの機能性を発揮。最終部分のアンコールで音楽祭は華麗に締めくくられた。

全体に〝大言壮語せずして密度の濃い〟名演奏。今回チョン・ミョンフンがみせた〝無理なく自然な歌心と高揚感〟は、就任が発表されたスカラ座の音楽監督にまさしく相応しい。

ソリスト、合唱も加わり30周年を寿いだフィナーレ (C)K.Miura
ソリスト、合唱も加わり30周年を寿いだフィナーレ (C)K.Miura

公演データ

宮崎国際音楽祭

4月20日(日)~ 5月18日(日)メディキット県民文化センターほか

〇「ブラームスの殿堂」~協奏曲と交響曲の大伽藍
5月17日(土)15:00 アイザックスターンホール(宮崎市)

指揮:チョン・ミョンフン
ヴァイオリン:三浦文彰
管弦楽:宮崎国際音楽祭管弦楽団

ブラームス:ヴァイオリン協奏曲ニ長調Op.77
ブラームス:交響曲第2番ニ長調Op.73

〇30周年記念演奏会「苦悩を突き抜け歓喜にいたれ」~ 30年を音祝ぐ
5月18日(日)15:00 アイザックスターンホール(宮崎市)

指揮:チョン・ミョンフン
ソプラノ:中村恵理
メゾ・ソプラノ:バン・シンジェ
テノール:工藤和真
バス:池内 響
管弦楽:宮崎国際音楽祭管弦楽団
合唱:宮崎国際音楽祭合唱団
合唱指導:浅井隆仁

ベートーヴェン:交響曲第9番ニ短調Op.125「合唱付き」

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柴田克彦

しばた・かつひこ

音楽マネジメント勤務を経て、フリーの音楽ライター、評論家、編集者となる。「ぶらあぼ」「ぴあクラシック」「音楽の友」「モーストリー・クラシック」等の雑誌、「毎日新聞クラシックナビ」等のWeb媒体、公演プログラム、CDブックレットへの寄稿、プログラムや冊子の編集、講演や講座など、クラシック音楽をフィールドに幅広く活動。アーティストへのインタビューも多数行っている。著書に「山本直純と小澤征爾」(朝日新書)。

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