先日、サントリーホールのチェンバーミュージック・ガーデンで、ピアノの北村朋幹、ヴァイオリンの郷古廉、チェロの横坂源のトリオが、ベートーヴェンの交響曲第2番とショスタコーヴィチの交響曲第15番を演奏した。ベートーヴェンの同曲のピアノ三重奏曲版は、作曲者自身の編曲とされてきたが、実際は弟子のフェルディナント・リースが編曲したものではないかとも推測されている。18世紀後半から19世紀前半にかけては、ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェンなどの交響曲がピアノ三重奏、弦楽アンサンブル、管楽合奏に編曲され、宮廷や家庭で演奏されていた。ショスタコーヴィチの最後の交響曲を室内楽編成に編曲したのは、ヴィクトル・デレヴィアンコ。ピアノ・トリオと13打楽器(3人の打楽器奏者)というユニークな編成。ショスタコーヴィチ自身もこの編曲を評価し、この室内楽版に「作品141bis」の作品番号を付した。
オーケストラ作品の室内楽編曲といえば、20世紀前半にシェーンベルクによって立ち上げられた私的演奏協会が思い出される。シェーンベルク編曲の「南国のバラ」、ベルク編曲の「酒、女、歌」、ウェーベルン編曲の「宝のワルツ」などのヨハン・シュトラウス2世のワルツが知られているが、彼らは同時代の音楽を今一度スリムにして紹介しようとしていた。エルヴィン・シュタイン、ハンス・アイスラー、カール・ランクルの3人の編曲によるブルックナーの交響曲第7番、シェーンベルク編曲のマーラーの「さすらう若人の歌」、シュタイン編曲のマーラーの交響曲第4番、シェーンベルクが編曲し、後にライナー・リーンが完成させたマーラーの「大地の歌」などがある。
「大地の歌」は、現在に至るまでいくつもの室内オーケストラ版が作られている。ラインベルト・デ・レーウ編曲のもの、2年前にサントリーホールのサマーフェスティバルでも演奏されたグレン・コーティーズ編曲のもの、2020年にいずみシンフォニエッタ大阪が初演した川島素晴による編曲版などである。
そのほか、R・シュトラウスでは、「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」をフランツ・ハーゼンエールが五重奏に編曲した「もう一人のティル・オイレンシュピーゲル」や23弦楽器のために書かれた「メタモルフォーゼン」をルドルフ・レオポルトが弦楽七重奏に編曲した版もある。
実際、交響曲を室内オーケストラや室内楽に編曲する試みは現在も行われている。この2月に反田恭平率いるジャパン・ナショナル・オーケストラが演奏したのは、クラウス・ジモンが室内オーケストラ用に編曲したマーラーの交響曲第1番「巨人」であった。ジモンはほかにマーラーの交響曲第4番、同第5番、同第7番なども編曲している。また、マーラーの交響曲第10番では、一昨年、N響チェンバー・ソロイスツが日本初演したミケーレ・カステレッティ編曲の全曲版、ハンス・シュタットルマイアーが弦楽合奏用に編曲した第1楽章アダージョなどもある。
室内オーケストラのレパートリーを増やすためにも、この様な編曲ものが作られ、紹介されていくのは重要である。
やまだ・はるお
音楽評論家。1964年、京都市生まれ。87年、慶応義塾大学経済学部卒業。90年から音楽に関する執筆を行っている。著書に、小澤征爾の評伝である「音楽の旅人」「トスカニーニ」「いまどきのクラシック音楽の愉しみ方」、編著書に「オペラガイド130選」「戦後のオペラ」「バロック・オペラ」などがある。