~109~ 春のオーケストラ作品

春らしい選曲の都響の定期公演から、独唱、合唱、オーケストラによるブリテンの「春の交響曲」 提供:東京都交響楽団/(C)堀田力丸
春らしい選曲の都響の定期公演から、独唱、合唱、オーケストラによるブリテンの「春の交響曲」 提供:東京都交響楽団/(C)堀田力丸

3月4日に行った大野和士&東京都交響楽団の演奏会では、春をテーマとして作品が並べられていた。プレヴィンの「春遠からじ」(2016年)、ドビュッシーの管弦楽のための「映像」より〝春のロンド〟、そして、ブリテンの「春の交響曲」というプログラム。20世紀から21世紀にかけての春の音楽という、大野らしい選曲であった。プレヴィンの「春遠からじ」は美しくて聴きやすい15分程の作品。日本初演だった。ブリテンの「春の交響曲」は、独唱・合唱の入るカンタータのような曲。そして、3月14日午後、鈴木優人&読売日本交響楽団の演奏会では、ストラヴィンスキーのバレエ音楽「春の祭典」を満喫した。3月14日は、そのあと夕方に、廣津留すみれと東京フィルハーモニー交響楽団によるヴィヴァルディのヴァイオリン協奏曲集「四季」を聴き、もちろん「春」も演奏され、まさに春爛漫を感じた。

「春」がタイトルについたオーケストラ作品といえば、シューマンの交響曲第1番「春」、ヨハン・シュトラウス2世のワルツ「春の声」、コープランドのバレエ音楽「アパラチアの春」、グリーグの「最後の(過ぎにし)春」などがメジャーである。そのほかには、ディーリアスの「春初めてのカッコウを聞いて」、フィビヒの交響詩「春」、シベリウスの交響詩「春の歌」、夭逝(ようせい)の女性作曲家リリー・ブーランジェ(名教師ナディア・ブーランジェの妹)の「春の朝に」、ドビュッシーの組曲「春」、ブリッジの狂詩曲「春の訪れ」などがあげられるだろうか。

また、楽章のタイトルに「春」が入るものでは、R・シュトラウスの「4つの最後の歌」第1曲の「春」、マーラーの「大地の歌」第5楽章の「春に酔える者」などがあり、レスピーギの「ボッティチェッリの三連画」の第1曲「春」は、あの有名な絵画からインスピレーションを受けている。

ディーリアスの「春初めてのカッコウを聞いて」にもあるように、カッコウは春の季節を象徴する鳥である。マーラーの交響曲第1番「巨人」やベートーヴェンの交響曲第6番「田園」では、クラリネットがカッコウの鳴き声を模倣し、これらの交響曲もまた、春を表現していることがわかる。

マーラーの交響曲第1番は、タイトルに「春」は付いていないものの、その冒頭から大地の目覚めや春の訪れを感じさせる。実際、1893年のハンブルクでの公演では第1楽章に「春、そして終わることなく」のタイトルが付けられ、後に削除された第2楽章は「花の章」と呼ばれた。もともとは春から花へとつながっていく作品だったのだ。

「春」がタイトルについてなくても、春を想起させる作品はほかにもある。ヴォーン・ウィリアムズの「揚げひばり」は、ひばりが春を象徴している。ヴォーン・ウィリアムズには独奏ヴィオラと合唱、オーケストラのための「野の花」という曲もある。そのほか、レスピーギの「鳥」、メシアンの「鳥たちの目覚め」、ラウタヴァーラの「カントゥス・アルクティクス」にも春の鳥たちが現れる。また、武満徹の「グリーン」は新緑の頃を思い起こさせる。

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山田 治生

やまだ・はるお

音楽評論家。1964年、京都市生まれ。87年、慶応義塾大学経済学部卒業。90年から音楽に関する執筆を行っている。著書に、小澤征爾の評伝である「音楽の旅人」「トスカニーニ」「いまどきのクラシック音楽の愉しみ方」、編著書に「オペラガイド130選」「戦後のオペラ」「バロック・オペラ」などがある。

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