新国立劇場 2025/2026シーズンオペラ ヴェルディ「椿姫」

ヴィオレッタの心理が美しく深く描写された名演

この演目、食傷気味でないといえばウソになる。新国立劇場での上演で、2015年にヴァンサン・ブサール演出の舞台になってからだけでも、今回が6回目。いつもとの顕著な違いが見つかったりするのだろうか、と斜に構えて臨んでしまったが、はたして違いは見つかった。期待をしなかった分、驚きは大きかった。

ヴァンサン・ブサール演出、ヴェルディ「椿姫」 撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場
ヴァンサン・ブサール演出、ヴェルディ「椿姫」 撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場

ヴィオレッタ役は、ドイツ出身のボリビア系アルバニア人というカロリーナ・ロペス・モレノで、登場したときから、潤いのある瑞々しい美声が余裕をもって湧き出て、そこに少しだけ陰が加わるのが好印象だった。それでも、第1幕では傑出しているとまでは感じられなかったが、ヴィオレッタが追い詰められるほど、聴き慣れたフレーズに感情が、聴き慣れないほど濃密ににじむのである。

たとえば、第3幕の「さようなら過ぎ去った日々よ」。ディナーミクの幅が大きく、強声はかなり力強いのに、弱声まで制御が行き届くから、近づく死を前にしての諦念と神への切実な祈りが、聴く側の胸に迫ってくる。大器と聞いてはいたが予想を超えている。

ヴィオレッタ役のカロリーナ・ロペス・モレノ 撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場
ヴィオレッタ役のカロリーナ・ロペス・モレノ 撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場

指揮のレオ・フセインの功績も大きい。テンポよく運んだかと思うと、あえて停滞させ、歌をたっぷりと引き出す。また、発想記号をはじめヴェルディの指示や意図に忠実に歌うように、歌手たちに指導したのではないだろうか。たっぷり歌わせつつ、常にディナーミクの幅がしっかりとられている。

たとえば第2幕フィナーレ。ヴィオレッタに札束を投げつけたアルフレードが周囲から非難されるアンサンブルは、引き締まった速いテンポで進行し、ジェルモンが現れると、声の威厳にふさわしく厳かな響きで満たされる。だが、われに返ったヴィオレッタが切実に訴えると管弦楽がゆるんで、深い愛が理解されない彼女の苦衷が強く打ち出されるように、声がたっぷり聴かされる。管弦楽と声、それぞれの特性を際立たせた心理描写が冴えていた。

(左から)ロベルト・フロンターリ、谷口睦美、成田博之、アントニオ・コリアーノ、久保田真澄、カロリーナ・ロペス・モレノ、金山京介 撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場
(左から)ロベルト・フロンターリ、谷口睦美、成田博之、アントニオ・コリアーノ、久保田真澄、カロリーナ・ロペス・モレノ、金山京介 撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場

アルフレード役のアントニオ・コリアーノも、そういう要求に応えていた。明るく若々しい声のテノールだが、一本調子ではない。強弱の間を行き来するテクニックが備わる。それが最大に活かされたのは、第3幕のヴィオレッタとの二重唱「パリを離れて」だった。この曲がこれほど弱声を交えながら立体的に歌われることは少ないが、実はヴェルディは強弱の変化に富み、感情が立体的に描出されることを求めている。指揮者の高い意識に歌手たちが応え、2人の心の微妙な振幅までが表現された。

強弱の変化に富んだ立体的な感情表現により、アルフレードとヴィオレッタの心の微妙な振幅を見事に表現した 撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場
強弱の変化に富んだ立体的な感情表現により、アルフレードとヴィオレッタの心の微妙な振幅を見事に表現した 撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場

それにくらべると、ジェルモン役のベテラン、ロベルト・フロンターリはやや一本調子だったが、この役らしい威厳と品位を表すという点では、役に不足はなかった。

ジェルモン役のロベルト・フロンターリは、威厳と品位を保った 撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場
ジェルモン役のロベルト・フロンターリは、威厳と品位を保った 撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場

第3幕フィナーレで、神に恨み節を訴えるヴィオレッタの切迫感や、アルフレードに自分の姿絵を渡すときの繊細な心遣いが心に染みた。作曲家の意図を引き出そうとする指揮者と、それに応える歌手たちの至芸がバランスされた結果だろう。

(香原斗志)

公演データ

新国立劇場 2025/2026シーズンオペラ
ヴェルディ「椿姫」

4月2日(木)18:00新国立劇場 オペラパレス

指揮:レオ・フセイン
演出・衣裳:ヴァンサン・ブサール
美術:ヴァンサン・ルメール
照明:グイド・レヴィ
ムーブメント・ディレクター:ヘルゲ・レトーニャ

ヴィオレッタ:カロリーナ・ロペス・モレノ
アルフレード:アントニオ・コリアーノ
ジェルモン:ロベルト・フロンターリ
フローラ:谷口睦美
ガストン子爵:金山京介
ドゥフォール男爵:成田博之
ドビニー侯爵:清水宏樹
医師グランヴィル:久保田真澄
アンニーナ:花房英里子

合唱:新国立劇場合唱団
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団

プログラム
ジュゼッペ・ヴェルディ「椿姫」
全3幕(イタリア語上演/日本語及び英語字幕付)

他日公演
4月4日(土)14:00、6日(月)14:00、10日(金)14:00、12日(日)13:00
新国立劇場 オペラパレス

Picture of 香原斗志
香原斗志

かはら・とし

音楽評論家、オペラ評論家。オペラなど声楽作品を中心に、クラシック音楽全般について執筆。歌唱の正確な分析に定評がある。著書に「イタリア・オペラを疑え!」「魅惑のオペラ歌手50:歌声のカタログ」(共にアルテスパブリッシング)など。「モーストリークラシック」誌に「知れば知るほどオペラの世界」を連載中。歴史評論家の顔も持ち、新刊に「教養としての日本の城」(平凡社新書)がある。

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