東京・春・音楽祭2026 東京春祭 歌曲シリーズ Vol.46 カミラ・ニールンド(ソプラノ)&ヨプスト・シュナイデラート(ピアノ)

最高の歌姫にふさわしい高貴な歌の数々

一言でいえば、とても高貴な歌だった。フィンランド生まれのカミラ・ニールンド。ピアノに右手を軽く載せ、ムダな動きをせずに歌う佇(たたず)まいがそもそも高貴で、歌も見た目そのままであった。元来がよく伸びる豊かな声だが、透明な響きをともなっている。それを細密画のように繊細で緻密な弱声から強声まで、広いダイナミックレンジの間を自在に行き来させ、歌詞の世界を表現する。
どこにも瑕疵(かし)がないとはいわない。最初のうちはレガートでビブラートが若干揺れた。また、メゾフォルテぐらいの音量で響きに濁りが加わる。だが、57歳という年齢を考えれば、声の質は驚異的に保たれている。

ソプラノのカミラ・ニールンドが、繊細で緻密な弱声から強声まで、広いダイナミックレンジの歌声を聴かせた (C)池上直哉/東京・春・音楽祭2026
ソプラノのカミラ・ニールンドが、繊細で緻密な弱声から強声まで、広いダイナミックレンジの歌声を聴かせた (C)池上直哉/東京・春・音楽祭2026

最初がワーグナー「ヴェーゼンドンク歌曲集」で、詩が濃密になるにつれ声の色合いも濃密になり、その色を微妙に調整しながらロマンティックな感情を描出する。そうするうちにビブラートの揺れも解消され、フレージングは洗練をきわめていった。ヨプスト・シュナイデラートのピアノがロマンティックな詩情を繊細に表し、声の調子と見事にからみ合う。

シベリウスは1曲目が珍しいフィンランド語の歌詞で、残りはスウェーデン語だが、歌われている感情を情景とともに声で表す変幻自在の描写力には恐れ入るしかなかった。ドイツ語で歌われたドヴォルザーク「ジプシーの歌」では、心の闇を自然に託して微妙に歌い上げたかと思うと、急速なパッセージをリズミカルに表し、見事にドラマを形づくる。

感情を声で表すニールンドの描写力は見事だった (C)池上直哉/東京・春・音楽祭2026
感情を声で表すニールンドの描写力は見事だった (C)池上直哉/東京・春・音楽祭2026

だが、やはり白眉はリヒャルト・シュトラウスである。たとえば「夜」。〝夜は麗しきものを奪う。川の流れから銀の輝きを〟と歌うとき、銀のように輝くニールンドの声に陰が射して不安が覗(のぞ)く。そこに極上のピアニッシモを載せる。たとえば「二人の秘密をなぜ隠すのか」。高貴な歌い口のなかに、青春特有の心の鼓動が時に甘く、時に切実に混ぜられて、それが聴いている筆者の心に麻薬のように染み込む。なんという至芸だろう。

アンコールは3曲。なかでもドヴォルザーク「ルサルカ」より〝月に寄せる歌〟は、高貴に紡がれた旋律に、神秘的なみずみずしさを湛(たた)え、そこに憂いも滲(にじ)ませる。極上の切なさとでもいえばいいだろうか。興奮を抑えられない聴衆の拍手と歓声が長く続いた。
(香原斗志)

長く続いた聴衆の拍手と歓声に応えるニールンドとヨプスト・シュナイデラート (C)池上直哉/東京・春・音楽祭2026
長く続いた聴衆の拍手と歓声に応えるニールンドとヨプスト・シュナイデラート (C)池上直哉/東京・春・音楽祭2026

公演データ

東京・春・音楽祭2026 東京春祭 歌曲シリーズ Vol.46
カミラ・ニールンド(ソプラノ)&ヨプスト・シュナイデラート(ピアノ)

3月27日(金)19:00東京文化会館 小ホール

ソプラノ:カミラ・ニールンド
ピアノ:ヨプスト・シュナイデラート

プログラム
ワーグナー:ヴェーゼンドンク歌曲集
シベリウス
:夕べに Op.17-6
:海辺のバルコニーで Op.38-2
:日の出 Op.37-3
:3月の雪の上のダイヤモンド Op.36-6
:そよげ葦 Op.36-4
:逢引きからもどった娘 Op.37-5
:黒いばら Op.36-1
ドヴォルザーク:ジプシーの歌Op.55
リヒャルト・シュトラウス
:悲しみへの賛歌 Op.15-3
:夜 Op.10-3
:ダリア Op.10-4
:万霊節 Op.10-8
:誰がしたの
:二人の秘密をなぜ隠すのか Op.19-4

アンコール
フーゴ・ヴォルフ:小さくてもうっとりとさせられるものはある
ドヴォルザーク:「ルサルカ」より〝月に寄せる歌〟
リヒャルト・シュトラウス:献呈 Op.10-1

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香原斗志

かはら・とし

音楽評論家、オペラ評論家。オペラなど声楽作品を中心に、クラシック音楽全般について執筆。歌唱の正確な分析に定評がある。著書に「イタリア・オペラを疑え!」「魅惑のオペラ歌手50:歌声のカタログ」(共にアルテスパブリッシング)など。「モーストリークラシック」誌に「知れば知るほどオペラの世界」を連載中。歴史評論家の顔も持ち、新刊に「教養としての日本の城」(平凡社新書)がある。

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