なぜか「昭和の大衆芸能」を思い出した日舞と狂言、スペイン音楽のコラボ
石川県立音楽堂はオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の本拠であるコンサートホールと、古都金沢の歴史に根ざした邦楽ホールを併設する。狂言師の野村萬斎は音楽堂全体のアーティスティック・クリエイティブ・ディレクターを務め、OEKとのコラボレーション音楽劇「萬斎のおもちゃ箱」を企画、自らも舞台に立つ。2024年2月にはシリーズ「vol.2」としてマヌエル・デ・ファリャの舞踊音楽「恋は魔術師」(1925年改訂版)で能狂言と歌舞伎、日舞、フラメンコの要素を融合させ、金沢で成功を収めた。
OEKは2025年12月から26年3月の全国ツアー(6公演)に際し、「ファリャ生誕150年記念」と銘打って萬斎版「恋は魔術師」の再演を実現した。浮気者の夫を亡くし、新しい恋人を得たロマ族の若い女性カンデーラ役は東京公演だけ、振付も担った女方の中村壱太郎が演じた(他都市は花柳ツル)。オーケストラを舞台後方に配置、前方には「歌舞伎座から借りてきた」という所作板をサントリーホールにしつらえた。
演奏会はOEKの〝名刺代わり〟である徳山美奈子作曲、交響的素描「石川」~加賀と能登の歌による~の第3楽章〝海の男(七尾まだら)より〟で始まった。OEK創設音楽監督の岩城宏之の委嘱により、2001年に作曲。輪島市の伝統芸能、御陣乗太鼓(ごじんじょだいこ)を模した勇壮な打楽器の活躍もあり、華やかな幕開けとなった。対向配置で8型(第1ヴァイオリン6人)の編成は小ぶりだが、OEKパーマネントコンダクター松井慶太の歯切れいい指揮に導かれ、鳴りの良さを印象づけた。
2曲目はシューマンのピアノ曲「蝶々(パピヨン)」を青島広志が管弦楽版に編曲、舞踊を交えた舞台の初演。これも東京スペシャルだ。人間の美女に姿を変えた蝶が仮面舞踏会に現れ、若い男たちと昼夜の戯れに興じるが、最後は蝶に戻って息絶えるという設定は非常にわかりやすい半面、振付ともどもあまりに〝ベタ〟な気もする。花柳ツルの美しい蝶の舞には申し訳ないが、私の脳裏には森山加代子が歌った1970年のヒット曲「白い蝶のサンバ」の歌詞(阿久悠作詞)の一節、「はかないいのち、恋の火を抱きしめて」が唐突に思い浮かんでしまった。よくよく考えれば、昭和の時代の大衆芸能はあらゆるジャンルを動員した「わかりやすさ」こそが売りで、それなりに面白かった。
この大衆性は後半、メインの「恋は魔術師」でさらに際立ち、観客を強く惹きつける。放蕩の果てに亡くなりながら、妻カンデーラの新しい恋人カルメロ(藤間礼多)に嫉妬して邪魔する亡霊を萬斎自身が演じ、名狂言役者のパワー全開で笑いを誘う。幽霊になる場面で「オラは死んじまっただ」とつぶやき「天国に行っただ、とはならないね」と自嘲気味に続けるのは、明らかにザ・フォーク・クルセダーズ1967年のメジャーデビュー曲「帰って来たヨッパライ」のパロディーだ。やっぱり昭和のノリを感じる。
亡霊を誘惑して若いカップルを助ける美女ルシーアにはフラメンコダンサーの工藤朋子が起用され、果敢にも日舞や歌舞伎の所作まで取り込んで強い存在感を放つ。中村壱太郎の極めて美しいカンデーラとも、見事な対照を描いた。カンデーラの思いを歌で代弁するメゾ・ソプラノ、秋本悠希の声はスペイン音楽にふさわしい陰影と情感を備える。松井とOEKも数多くの音楽劇を演奏してきただけに手際いい対応をみせ、「和」の世界の踊り手たちが所作板を力強く踏み鳴らす音までしっかり、音楽の一部に取り込んだ。最後は全員のかけ声「オーレ!」でおしまい。悪霊を祓うための第8曲「火祭りの踊り」がもう一度、今度は華やかなカーテンコールの舞の音楽として奏でられた。
(池田卓夫)
公演データ
オーケストラ・アンサンブル金沢 第42回東京定期公演
野村萬斎 with OEK 「恋は魔術師」ファリャ生誕150年記念
3月17日(火)18:30サントリーホール 大ホール
指揮:松井慶太
演出・監修・主演:野村萬斎
メゾ・ソプラノ:秋本悠希
舞踊:花柳ツル、中村壱太郎、藤間礼多、工藤朋子ほか
管弦楽:オーケストラ・アンサンブル金沢
コンサートマスター:アビゲイル・ヤング
プログラム
徳山美奈子:交響的素描「石川」~加賀と能登の歌による~第3楽章〝海の男(七尾まだら)より〟
シューマン(青島広志編):蝶々Op.2(管弦楽版)
ファリャ:バレエ音楽「恋は魔術師」
アンコール
ファリャ: バレエ音楽「恋は魔術師」より第8曲〝火祭りの踊り〟
これからの他日公演
3月24日(火)19:00愛知県芸術劇場 コンサートホール
※プログラム、出演者等の詳細は、下記公式サイトをご参照ください。
https://www.oek.jp/event/7245-2
いけだ・たくお
2018年10月、37年6カ月の新聞社勤務を終え「いけたく本舗」の登録商標でフリーランスの音楽ジャーナリストに。1986年の「音楽の友」誌を皮切りに寄稿、解説執筆&MCなどを手がけ、近年はプロデュース、コンクール審査も行っている。









