二人のラテン気質が築く洒脱で生命力に満ちた世界
ルノーとゴーティエのカプソン兄弟は、すっかり大家の域に足を踏み入れた。今般、弟のゴーティエがTOPPANホールで挑んだのは、ベートーヴェンのチェロ・ソナタ全曲を一晩で披露する一大プロジェクト。旺盛な創造意欲に加え、体力と強靭(きょうじん)な精神力を伴わないと耐えられない出し物だ。それだけ自信があり、内面的な充実度も高いのだろう。
共演のフランク・ブラレイとは同じフランス人同士、すでに2016年にエラートへ全曲録音を果たし、勝手知ったる仲だ。当夜も緩急自在な一体感のなかで、ラテン的な感覚美の快楽を全開にした会心のツィクルスとなった。
ベートーヴェンの5つのチェロ・ソナタは作曲年代がキャリアの初期、中期、後期に分散している。特に実演では、これらをどう並べるかは、全体の印象に大きな影響を与える。二人は周到な戦略を立てていたが、それ以上に彼らのラテン気質が強烈な支配力を発揮して、ドイツ風の論理的な構築性とは好対照の、洒脱で生命力に満ちた世界を築いたのが面白い。
まだ20代後半の楽聖が書いた第1番ヘ長調は作品番号が5-1と若く、青年の覇気にあふれる。二人は第1楽章の導入部から息をのむような弱音をニュアンス豊かに奏で、ホールの空間サイズをしっかり計算しているのが分かる。主部のアレグロに移ると磨き抜かれた美音を惜しげなく繰り出し、洒落た軽みを帯びた疾走感が心地よい。
次に、幽玄な後期様式をもつ第4番ハ長調、作品番号102-1へ一気に飛ぶ。しかし晩年の枯淡の境地が作用した異化効果より、彼らの明朗なキャラクターが上回って、よく旋律を歌い、生の喜びがほとばしるユニークな快演に仕立てた。
続くソナタ第2番は作品5の2曲目で、唯一の短調作品。ノーブルな歌い込みの引き立つチェロは、ぐっと呼吸が深くなり、近年の進境ぶりをみせつけた。対するピアノは余裕しゃくしゃくで表情にメリハリがあり、第2楽章ロンドの巧まざるユーモアを楽しげに表出した。ここまでの1時間弱はあっという間、時の経過を忘れさせた。
後半は充実した円熟期の傑作、第3番イ長調で始まった。本来なら前面に出る気宇雄大な押し出しよりも、流麗な愉悦感が強調され、時に夢のような弱音や震いつきたくなる美音に耳が吸い寄せられる。そして結びが最後の第5番ニ長調。これも晩年の静けさとは無縁で、二人はアクティブに生を謳歌し、真ん中の緩徐楽章で濃厚な歌ごころを展開。終楽章ではフーガの自由な発展を楽しませた。フレーズの歌い収めで思わず顔を見合わせるなど、終始、両者の息はぴったりで、肩を組んで客席の喝采におじぎをした。
アンコールではクロスオーバー系の新譜「ガイア」から3曲、マックス・リヒターや久石譲の作品を取り上げ、がらりと雰囲気を変えた。
(深瀬 満)
公演データ
ゴーティエ・カプソン(チェロ)&フランク・ブラレイ(ピアノ)
ベートーヴェン「チェロ・ソナタ」全曲
3月6日(金)19:00 TOPPANホール
チェロ:ゴーティエ・カプソン
ピアノ:フランク・ブラレイ
プログラム
ベートーヴェン
:チェロ・ソナタ第1番 ヘ長調 Op.5-1
:チェロ・ソナタ第4番 ハ長調 Op.102-1
:チェロ・ソナタ第2番 ト短調 Op.5-2
:チェロ・ソナタ第3番 イ長調 Op.69
:チェロ・ソナタ第5番 ニ長調 Op.102-2
アンコール
マックス・リヒター:ガイアのシークエンス
久石譲:プレリュード
ゼイヴィア・フォーリー:野望
ふかせ・みちる
音楽ジャーナリスト。早大卒。一般紙の音楽担当記者を経て、広く書き手として活動。音楽界やアーティストの動向を追いかける。専門誌やウェブ・メディア、CDのライナーノート等に寄稿。ディスク評やオーディオ評論も手がける。










