新国立劇場 2025/2026シーズンオペラ モーツァルト「ドン・ジョヴァンニ」

充満するイタリアの声で示された「ドン・ジョヴァンニ」の原点

「ドン・ジョヴァンニ」は1787年10月にプラハで初演された際も、翌年5月にウィーンで上演された際も、キャスティングされたのはイタリア人歌手ばかりだった。すなわち、美しいイタリア語の響きと、当時のオペラ界をリードしていたイタリア人歌手の卓越した歌唱が前提とされていた。その原点を思わせる公演だった。

グリシャ・アサガロフ演出 モーツァルト:オペラ「ドン・ジョヴァンニ」 撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場
グリシャ・アサガロフ演出 モーツァルト:オペラ「ドン・ジョヴァンニ」 撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場

キャストには4人のイタリア人歌手が並び、彼らの歌唱により演奏が好ましい色合いになった。一人ひとり挙げると、まずドン・ジョヴァンニ役のヴィート・プリアンテ。英雄的な声で、ベルカントやバロックの難役で鍛えているだけあり、フレージングがスタイリッシュだ。また「シャンパンの歌」などに顕著だが、どんなに勢いよく歌っても、スタイルが崩れずノーブルな響きが保たれる。地獄落ちのときも同様で、なにも恐れず自分を貫くジョヴァンニの英雄性が、歌唱の質を通して表現されていた。
レポレッロ役のフランチェスコ・レオーネはより深い声で、そこにおどけや諧謔(かいぎゃく)、軽妙な味わいが加わり、ジョヴァンニとよい対称をなしていた。この2役のバランスが絶妙で、声の核ができあがった。

ドン・ジョヴァンニ役のヴィート・プリアンテ 撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場
ドン・ジョヴァンニ役のヴィート・プリアンテ 撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場
レポレッロ役のフランチェスコ・レオーネ。軽妙な味わいで、ジョヴァンニとよい対称をなす 撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場
レポレッロ役のフランチェスコ・レオーネ。軽妙な味わいで、ジョヴァンニとよい対称をなす 撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場

ドンナ・エルヴィーラ役のサラ・コルトレツィスは古典的な端正な歌唱で、響きがもう少し広がるといいが、声が少し詰まったところが、執着がつよいエルヴィーラらしかったともいえる。

ドンナ・エルヴィーラ役のサラ・コルトレツィス。声が少し詰まったところが、執着がつよいエルヴィーラらしかった 撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場
ドンナ・エルヴィーラ役のサラ・コルトレツィス。声が少し詰まったところが、執着がつよいエルヴィーラらしかった 撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場

とりわけ感銘を受けたのがドン・オッターヴィオ役のダーヴェ・モナコ(主催者表記=デイヴ・モナコ)だった。筆者はすでに海外で何度か聴き、リリックな美声と優雅なフレージング、卓越した装飾技巧に膝を打ってきたが、最初のアリアの優美なレガートから陶然とさせられた。第2幕のアリアでは長いブレスによるレガートがなんとまろやかなことか。キレのいいアジリタと効果的なピアニッシモも加わり、それらが有機的に統合して音楽として高貴であった。

一方、ドンナ・アンナ役のイリーナ・ルングはロシア人だがイタリア・オペラを得意とし、上記の4人と溶け合う。あえていうと歌唱のスケールが古典派の枠に収まらず、ロマン派的な柄の大きさは感じるが、第2幕のアリアでは声量や強弱をたくみに制御しつつ、ニュアンス豊かに歌い上げ、アンナの強い意志をにじませる。心を揺さぶられる歌唱だった。

ダーヴェ・モナコ(左)、イリーナ・ルング(右) 撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場
ダーヴェ・モナコ(左)、イリーナ・ルング(右) 撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場

歌唱のことばかり書いたのは、各人の存在感の強い歌唱が、それぞれイタリアの色彩を帯びながらまとまり、この公演の魅力を決定づけたと思うからである。マゼットの近藤圭やゼルリーナ(主催者表記=ツェルリーナ)の盛田麻央、また騎士長の田中大揮も上記5人と調和し、全体で鮮やかな声の共演が楽しめた。舞台をヴェネツィアに移したグリシャ・アサガロフの演出が、こうした声の世界と相性がよかったことはいうまでもない。

左から盛田麻央、近藤圭、レオーネ、コルトレツィス、モナコ、ルング 撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場
左から盛田麻央、近藤圭、レオーネ、コルトレツィス、モナコ、ルング 撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場

飯森範親の指揮は、歌声をしっかり聴かせつつ、要所でドラマを引き締めた。たとえば第1幕フィナーレ。3つの舞曲を舞台上で同時進行させた後の、めまぐるしいアンサンブルによる劇的な展開を、立体的に形成しながら鮮やかにまとめ上げた。

(香原斗志)

公演データ

新国立劇場 2025/2026シーズンオペラ
モーツァルト「ドン・ジョヴァンニ」

3月5日(木)18:00新国立劇場 オペラパレス

指揮:飯森範親
演出:グリシャ・アサガロフ
美術・衣裳:ルイジ・ペーレゴ
照明:マーティン・ゲップハルト

ドン・ジョヴァンニ:ヴィート・プリアンテ
騎士長:田中大揮
レポレッロ:フランチェスコ・レオーネ
ドンナ・アンナ:イリーナ・ルング
ドン・オッターヴィオ:デイヴ・モナコ
ドンナ・エルヴィーラ:サラ・コルトレツィス
マゼット:近藤 圭
ツェルリーナ:盛田麻央

合 唱:新国立劇場合唱団
管弦楽:東京交響楽団

プログラム
モーツァルト:オペラ「ドン・ジョヴァンニ」
全2幕(イタリア語上演/日本語及び英語字幕付)

他日公演
3月7日(土)14:00、8日(日)14:00、10日(火)14:00、12日(木)13:00
新国立劇場 オペラパレス

Picture of 香原斗志
香原斗志

かはら・とし

音楽評論家、オペラ評論家。オペラなど声楽作品を中心に、クラシック音楽全般について執筆。歌唱の正確な分析に定評がある。著書に「イタリア・オペラを疑え!」「魅惑のオペラ歌手50:歌声のカタログ」(共にアルテスパブリッシング)など。「モーストリークラシック」誌に「知れば知るほどオペラの世界」を連載中。歴史評論家の顔も持ち、新刊に「教養としての日本の城」(平凡社新書)がある。

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