ティル・フェルナー(ピアノ)mit Trio Rizzle&郷古 廉(ヴァイオリン)

新鮮な顔ぶれで堪能した「中欧」室内楽の醍醐味

シューベルトが1816年、マルティヌーが1923年、ドヴォルザークが1887年。 3つの楽曲の作曲時期には開きがあるが、いずれも「中欧(ミドルヨーロッパ)」と呼ばれる地域の心臓部、旧ハプスブルク帝国文化圏出身の作曲家だ。ピアノのティル・フェルナーは1972年ウィーン生まれ。夫人が日本人ということもあって頻繁に来日、定期的に出演するTOPPANホールからの提案で、日本の若い弦楽器奏者たちとの室内楽が実現した。

ピアニストのティル・フェルナーが、日本の若い弦楽器奏者たちと共演 (c)藤本史昭 写真提供:TOPPANホール
ピアニストのティル・フェルナーが、日本の若い弦楽器奏者たちと共演 (c)藤本史昭 写真提供:TOPPANホール

2024年からNHK交響楽団第1コンサートマスターを務める郷古廉は日本の中学を出てウィーンに留学、フェルナーとは初共演ながら共通の基盤を持つ。フェルナーはシューベルトでスタインウェイの蓋を半開にとどめ、ペダルも多用しながら音量と音色をコントロールしてヴァイオリンとの親密な会話を優先した。ある意味ウィーン風でまったりとしたピアノに対しヴァイオリンはスリムでクールな美音でこたえ、ソロとオブリガートの交代にも抜かりはなかったが、「もう少し共演を重ねれば、さらに闊達なキャッチボールが可能だろう」と思わせる瞬間があったのが惜しまれる。中では第2楽章の伸びやかな味わい、第3楽章のトリオの美しい歌わせ方などに強い印象を受けた。

ティル・フェルナーと郷古廉による親密な会話が繰り広げられた (c)藤本史昭 写真提供:TOPPANホール
ティル・フェルナーと郷古廉による親密な会話が繰り広げられた (c)藤本史昭 写真提供:TOPPANホール

続くマルティヌーは1978年にパート譜が見つかり、2005年にプラハで復活演奏された若書き。シューベルトの唐突な展開が19世紀前半としては異例なら、前衛を標榜しつつも民族色が浮き出るマルティヌーも、ある種「異形」の音楽といえる。桐朋学園大学の同級生3人による弦楽三重奏チームの名称、Rizzle(リズル)とは正方形の紙を丁寧に折り重ねることで、日本の折り紙のイメージも重ね、3人の織りなす音楽が鶴のように世界へ羽ばたく思いを込めているという。先ずは艶やかに朗々と歌う毛利文香のヴァイオリンが光り、第2楽章に入ると田原綾子のヴィオラの強い表出力が際立つ。笹沼樹のチェロは絶えず音の美観に配慮して重くなるのを避け、巧みに他2人を支える。

桐朋学園大学の同級生だったTrio Rizzleのメンバー。左から毛利文香、田原綾子、笹沼樹 (c)藤本史昭 写真提供:TOPPANホール
桐朋学園大学の同級生だったTrio Rizzleのメンバー。左から毛利文香、田原綾子、笹沼樹 (c)藤本史昭 写真提供:TOPPANホール

後半は全員出演でドヴォルザークの五重奏曲。桐朋学園のディプロマコースでも学んだ郷古が第1ヴァイオリン、毛利が第2ヴァイオリンのカルテットは臨時編成とは思えないほど緻密なアンサンブルで互いを深く聴き合い、繊細かつ美しい音を重ねていく。ピアノの蓋は全開となったが、フェルナーは叩き過ぎずに純度の高い響きを保ち、「ここ1番」の場面だけ、ヴィルトゥオーゾ(名手)の強い打鍵をみせる。3日間に及んだ入念なリハーサルの成果で5人の息が合い、ごく自然な呼吸で第4楽章の大きな盛り上がりまで進んだ。基本はシャープで都会的なアプローチだが、絶えず温もりを感じさせる素敵な演奏だった。楽章間チューニングを全くせず、一気に進んだのも良かった。

(池田卓夫)

最後は、5人の息が合ったドヴォルザークのピアノ五重奏曲を聴かせてくれた (c)藤本史昭 写真提供:TOPPANホール
最後は、5人の息が合ったドヴォルザークのピアノ五重奏曲を聴かせてくれた (c)藤本史昭 写真提供:TOPPANホール

公演データ

ティル・フェルナー(ピアノ)mit
Trio Rizzle&郷古 廉(ヴァイオリン)

2月9日(月)19:00 TOPPANホール

ピアノ:ティル・フェルナー
ヴァイオリン:郷古 廉
Trio Rizzle(トリオ・リズル)
:毛利 文香(ヴァイオリン)
:田原 綾子(ヴィオラ)
:笹沼 樹(チェロ)

プログラム
シューベルト:ヴァイオリンとピアノのためのソナタ ト短調D.408
マルティヌー:弦楽三重奏曲第1番
ドヴォルザーク:ピアノ五重奏曲 イ長調Op.81

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池田 卓夫

いけだ・たくお

2018年10月、37年6カ月の新聞社勤務を終え「いけたく本舗」の登録商標でフリーランスの音楽ジャーナリストに。1986年の「音楽の友」誌を皮切りに寄稿、解説執筆&MCなどを手がけ、近年はプロデュース、コンクール審査も行っている。

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