ヴィンセント・オン ピアノ・リサイタル

身体の芯から滲(にじ)み出る自然な情感にあふれた演奏で聴衆を魅了

昨秋ワルシャワで開催された第19回ショパン国際ピアノ・コンクールで、マレーシアで初めて入賞を飾ったヴィンセント・オンが、東京でリサイタルを行った。2001年生まれのペナン島出身。ハンス・アイスラー音楽大学に学び、2024年にはシューマン国際コンクールで優勝している。私はワルシャワでショパン・コンクールを取材したが、彼は現地で人気の高いコンテスタントのひとりであった。このコンサートも、チケット販売直後に完売となり、今夏の追加公演も決定している。

ショパン・コンクールで注目を集めたヴィンセント・オンが、待望の日本デビューリサイタルを行った ©松尾淳一郎
ショパン・コンクールで注目を集めたヴィンセント・オンが、待望の日本デビューリサイタルを行った ©松尾淳一郎

プログラムのほとんどは、オンがショパン・コンクールで演奏した作品である。
オンの指先から紡ぎ出される音は、まろやかかつ重みを帯びている。コンクールの時と同じく、当夜も楽譜から音の一つひとつが浮かび上がってくるような、作品に忠実な表現が印象的であった。彼の演奏には決して堅苦しさはなく、身体の芯から滲み出るような自然な情感にあふれている。そこから生み出される音には歌が息づく。

オンが奏でる音には歌が息づいていた ©︎松尾淳一郎
オンが奏でる音には歌が息づいていた ©︎松尾淳一郎

リサイタル前半では、ファイナルの課題曲である「幻想ポロネーズ」を弾かず、第2次予選で選曲した「24の前奏曲」のみを演奏した。アーティキュレーションを精妙に表し、音の動きに細やかな陰影を施すなど、作品に込めた作曲家の想いを深く読み込んでいる。ドラマティックな側面も積極的に表出し、ポリフォニックな曲では音の綾を大胆に描き分け、重層的な音楽を創り上げていく。

休憩をはさんで、「2つのノクターン」作品62。第1番(ロ長調)において、深い息吹を注ぎ込み、内面に潜むパッションを大きく描き出していく。第2番(ホ長調)では、なめらかなぬくもりに満ちた音で、詩を吟ずるように表現。聴く者の心に静かに染み渡る。

ノクターン作品62-2の、なめらかなぬくもりに満ちた音が心に静かに染み渡る ©︎松尾淳一郎
ノクターン作品62-2の、なめらかなぬくもりに満ちた音が心に静かに染み渡る ©︎松尾淳一郎

「ピアノ・ソナタ第3番」では、メロディラインを尊重しながらハーモニーを的確に捉え、構築性に富んだ音楽を生み出していく。第1楽章では堂々とした風格を感じさせる。解き放たれたかのような自由さにあふれるスケルツォ楽章、夢幻的な世界を映し出す第3楽章、そして、ロンド楽章でも明確で構成感の際立った演奏を聴かせてくれた。

アンコールは4曲。「ワルツ」ホ短調の、コーダにおける劇的な幕切れに、客席からは大きな歓声と拍手がわき起こった。

(道下京子)

アンコールの演奏後、客席から大きな歓声と拍手がわき起こった ©︎松尾淳一郎
アンコールの演奏後、客席から大きな歓声と拍手がわき起こった ©︎松尾淳一郎

公演データ

ヴィンセント・オン ピアノ・リサイタル

2月5日(木) 19:00浜離宮朝日ホール 音楽ホール

ピアノ:ヴィンセント・オン

プログラム
ショパン
:24のプレリュード Op.28
:ノクターン第17番 ロ長調 Op.62-1 、第18番 ホ長調 Op.62-2
:ピアノ・ソナタ第3番 ロ短調 Op.58

アンコール
ショパン
:ワルツ第14番 ホ短調
:マズルカ 変イ長調Op.41-4
:練習曲Op.10-3「別れの曲」
J.S.バッハ:パルティータ第1番 変ロ長調 BWV825第1曲

Picture of 道下京子
道下京子

みちした・きょうこ

桐朋学園大学音楽学部作曲理論学科卒業、埼玉大学大学院文化科学研究科修士課程修了。共著「ドイツ音楽の一断面――プフィッツナーとジャズの時代」など。「音楽の友」「ショパン」などの 音楽月刊誌や書籍、新聞、Web媒体、演奏会プログラムやCDの曲目解説など、ピアノのジャンルを中心に音楽経験を活かした執筆を行なっている。

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