尾高忠明と大阪フィルが奏でた真摯にして端正なベートーヴェン
ショパン国際ピアノ・コンクール優勝から20年を経て、ラファウ・ブレハッチは、堂々たる音楽家に成長してきた。今回のリサイタルに接してそう思うことしきりだった。
これまで彼のピアノは、純粋無垢で内向きでインティメートだと感じてきた。これは得難い長所でもある。ただし、自宅の居間で誰に聴かせるともなく爪弾かれる音楽といった印象もあった。ところが今回、前記の長所はそのままに、自己の音楽を聴く者に伝える訴求力を増してきたと感じた。
プログラムは、ベートーヴェンの嬰ハ短調で始まり、ショパンの嬰ハ短調で終わる円環的な構成。そうした思慮にも感心させられる。
最初はベートーヴェンの「月光」ソナタ。第1楽章は淡々と綴(つづ)られながらも、1音1音が柔らかく表情を湛(たた)えている。第2楽章はやや動的だがどこか優しい。激しい第3楽章も、弾き飛ばすことはまるでなく、各音やメロディラインが明確。これは曲の構図がピュアに明示された好演だ。
おつぎはシューベルトの4つの即興曲D899。第1曲は速めのテンポながらニュアンスを持って直進する。第2曲は軽やかにしてフレーズの構築が確か。第3曲は、極めて美しい音で優しい音楽が展開され、本日最も酔わされた。第4曲は、粒立ちの良い音で主旋律が明瞭に奏され、ドラマティックな抑揚も十分。本作は、聴いていて徐々にショパンを想起させられ、図らずもシューベルトとショパンの連関性を示唆された。
後半は、舟歌、バラード第3番、3つのマズルカOp.50、スケルツォ第3番が続くショパン・プロ。どの曲も音と表情にニュアンスがあり、楽想に沿った抑揚や高揚感も申し分ない。いわば〝内向きでいながら雄弁〟な演奏が続き、最後のスケルツォのダイナミズムもすこぶる有機的だ。
アンコール最初のショパンのワルツ第7番は、本編同様のニュアンス豊かな演奏。そして鳴り止まぬ拍手に応えて、ベートーヴェンのソナタ第2番の第3楽章、さらにショパンの前奏曲第7番(胃腸薬のCMでお馴染みの1曲)をさりげなく奏でるあたりはセンス抜群だ。
達者だが音楽自体は無機的な(若手)奏者が増えてきたピアノ界において、ブレハッチが王道にして貴重な存在であることを痛感させられたコンサートだった。
(柴田克彦)
公演データ
ラファウ・ブレハッチ ピアノ・リサイタル 日本ツアー 東京公演
1月29日(木)19:00東京芸術劇場コンサートホール
ピアノ:ラファウ・ブレハッチ
プログラム
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第14番 嬰ハ短調 Op.27-2「月光」
シューベルト:4つの即興曲 Op.90 D899
ショパン
:舟歌 嬰ヘ長調 Op.60
:バラード第3番 変イ長調 Op.47
:3つのマズルカ Op.50
:スケルツォ第3番 嬰ハ短調 Op.39
アンコール
ショパン:ワルツ第7番
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第2番 第3楽章
ショパン:24のプレリュード第7番
これからの他日公演
1月31日(土)14:00住友生命いずみホール(大阪)
2月1日(日)14:00米子コンベンションセンター 多目的ホール(鳥取)
2月3日(火)19:00サントリーホール 大ホール(東京)
しばた・かつひこ
音楽マネジメント勤務を経て、フリーの音楽ライター、評論家、編集者となる。「ぶらあぼ」「ぴあクラシック」「音楽の友」「モーストリー・クラシック」等の雑誌、「毎日新聞クラシックナビ」等のWeb媒体、公演プログラム、CDブックレットへの寄稿、プログラムや冊子の編集、講演や講座など、クラシック音楽をフィールドに幅広く活動。アーティストへのインタビューも多数行っている。著書に「山本直純と小澤征爾」(朝日新書)。










