華麗に彩られたプログラムで聴かせた、歌心と情熱あふれる音楽
09年、第13回ヴァン・クライバーン国際ピアノ・コンクールで日本人初優勝をして以来、世界を舞台に活躍の場を広げてきた辻󠄀井伸行。今回のツアーは1月9日(埼玉)から3月8日(大阪)まで全国17公演がいずれも完売。人気、実力共にゆるぎない辻󠄀井の今を知る格好の機会となった。
前半はモーツァルトの幻想曲とベートーヴェンの熱情という短調の作品、後半はグリーグの抒情小曲集とチャイコフスキー(プレトニョフ編)のくるみ割り人形という華麗な音楽に彩られた構成だ。
ハ短調の幻想曲が暗くシリアスな響きで始まった。辻󠄀井のピアノの芯を捉える独特の音色に紗幕をかけたような深みのある音がテンポと調性の変化に移ろいを見せる。続くベートーヴェンは吐息のようなユニゾンの出だしから楽想に合わせて怒りのような激しさに変容しピアノの叫びが聴こえるようだ。サントリーホールの空間を十二分に鳴らす迫力に、辻󠄀井の進化を感じる。第2楽章のコラールの変奏に持ち前の純度の高い音色で多幸感を感じるのも束の間、最終楽章は感情の高まりを抑えきれないとでもいうような熱い演奏で一気に弾き切った。
後半のグリーグは辻󠄀井の歌心があふれる。プログラム(青澤隆明)によると23年6月に作曲家晩年の住処トロルハウゲンでリサイタルを行ったとのこと、グリーグが見ていた景色や風を運んでくれたような澄み切った音色で世界が一変した。特に「小人の行進」はおとぎ話の世界で鍵盤の上をトロル(小人)たちが跳ね回っているような楽しさ、「夜想曲」では鳥たちの鳴き声が心地よく余韻まで名残惜しい。「トロルドハウゲンの婚礼の日」でグリーグの愛にあふれる世界を締めくくった。
最後のチャイコフスキーはヴィルトゥオーゾのプレトニョフが編曲しただけに見た目も華やかだ。「行進曲」の超速パッセージや「中国の踊り」の跳躍の連続など生演奏ならではの技巧的な見せ所も辻󠄀井は軽々と演奏する。「間奏曲」ではメロディーメーカーのチャイコフスキーらしい旋律を琴線に触れる歌心でたっぷり聴かせ、雪の結晶をみるような美しさに魅せられた。
アンコールの3曲目には子どもの頃の父との思い出から生まれた自作曲「川のささやき」を弾いた。20年近く経っても色褪せないこの曲を聴きながら、少年時代から変わらぬ天性の音楽が、時を超えてより多くの人々を魅了しているのだと改めて感慨に浸った。
(毬沙琳)
公演データ
辻󠄀井伸行 日本ツアー2026 〝抒情と熱情〟
1月19日(月)19:00サントリーホール 大ホール
ピアノ:辻󠄀井伸行
プログラム
モーツァルト:幻想曲 ハ短調 K.475
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第23番 へ短調Op.57「熱情」
グリーグ:抒情小曲集より
第1集 Op.12より 第1曲 アリエッタ/第1集 Op.12より 第2曲 ワルツ/第3集 Op.43より 第5曲 愛の歌/第5集 Op.54より 第3曲 小人の行進/第5集 Op.54より 第4曲 夜想曲/第8集 Op.65より 第6曲 トロルドハウゲンの婚礼の日
チャイコフスキー(プレトニョフ編):演奏会用組曲「くるみ割り人形」
行進曲/金平糖の精の踊り/タランテラ/間奏曲/トレパーク/中国の踊り/アンダンテ・マエストーソ
アンコール
ショパン:ノクターン第20番「遺作」
ラフマニノフ:ここはすばらしい場所
辻󠄀井伸行:川のささやき
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第14番「月光」第3楽章
これからの他日公演
1月22日(木)14:00サントリーホール 大ホール
1月24日(土)14:00所沢市民文化センター ミューズアークホール(埼玉)
1月29日(木)19:00札幌コンサートホールKitara(北海道)
2月1日(日)14:00 iichikoグランシアタ(大分)
2月4日(水)14:00大宮ソニックシティ 大ホール(埼玉)
2月14日(土)14:00とりぎん文化会館 梨花ホール(鳥取)
2月17日(火)19:00松山市民会館 大ホール(愛媛)
2月19日(木)19:00倉敷市民会館(岡山)
2月21日(土)15:00宇部市渡辺翁記念会館(山口)
2月26日(木)14:00横浜みなとみらいホール 大ホール(神奈川)
3月1日(日)14:00和歌山県民文化会館 大ホール(和歌山)
3月6日(金)19:00福岡シンフォニーホール(アクロス福岡)
3月8日(日)14:00ザ・シンフォニーホール(大阪)
まるしゃ・りん
大手メディア企業勤務の傍ら、音楽ジャーナリストとしてクラシック音楽やオペラ公演などの取材活動を行う。近年はドイツ・バイロイト音楽祭を頻繁に訪れるなどし、ワーグナーを中心とした海外オペラ上演の最先端を取材。在京のオーケストラ事情にも精通している。










