戦争と社会闘争の状況下に生きる人々の「本物」の表情を鮮明に伝えた、真剣で情感豊かな音楽
コンサートホールの舞台背面のスクリーンに投影される映像に合わせて、ピアノとオーケストラが生演奏するスタイルのコンサート。
映像は、NHK制作のドキュメンタリー番組「映像の世紀」(1995~96)と「新・映像の世紀」(2015~16)から、新たに編集しなおしたもの。音楽は加古隆作曲の番組音楽で、演奏は作曲者自身のピアノと、今回の東京公演では下野竜也指揮のNHK交響楽団がオーケストラを担当した。
1895年のリュミエール兄弟による世界初の実写商業映画「工場の出口」に始まり、20世紀初頭のヨーロッパの皇帝や王たちから、現代のウクライナとガザの住民たちまで、戦争と社会闘争の状況下に生きる人々の姿が、前半3部、後半4部、アンコール2部という全9部構成の映像に映し出される。各部の前には山根基世のナレーションで内容が説明された。
2022年から放送中の最新シリーズ「映像の世紀 バタフライエフェクト」の映像と音楽からなるアンコール部分が、初めからプログラムに掲載されているのが、ふだんのコンサートとは違っていて面白い。この部分が21世紀を扱っているからなのだろう。
番組テーマ音楽「パリは燃えているか」に代表される加古の音楽には、しみじみと語りかけ、強く訴えかけてくるものがある。
ここでは「パリは燃えているか」「時の刻印」「シネマトグラフ」「はるかなる王宮」「神のパッサカリア」「最後の海戦 パート1、2」、「未来世紀」「大いなるもの東方より」「マネーは踊る」「狂気の影」「黒い霧」「ザ·サード·ワールド」「睡蓮のアトリエ」「愛と憎しみの果てに」に「風のリフレイン」「グラン·ボヤージュ」を加えた16曲が、さまざまな場面に合わせて演奏された。
作曲者自身がひくピアノの説得力の強さはいうまでもない。NHK大河ドラマのテーマ曲など映像音楽も得意とする下野の指揮は、悲劇的な場面や延々と続く瓦礫の山、焼け野原などの胸に迫る映像の力をさらに高める、真剣で情感豊かなものだった。
第1コンサートマスターの郷古廉など、各パートの首席奏者が顔をそろえたN響も、さすが日本を代表するオーケストラだと納得させる、格調高く充実した、美しい響きを聴かせてくれた。「最後の海戦 パート1、2」などでの強烈な迫力は、生演奏ならではのもの。辻󠄀本玲のチェロと郷古のヴァイオリンのソロも見事だった。
それにしても、フェイクではない「本物」の映像に記録された人々の笑顔は美しく、そして哀しい。
(山崎浩太郎)
公演データ
映像の世紀コンサート
12月16日(火)19:00サントリーホール 大ホール
指揮:下野竜也
ピアノ:加古隆
ナレーション:山根基世
管弦楽:NHK交響楽団
コンサートマスター:郷古廉
プログラム
オープニング(パリは燃えているか)
第1部 映像の始まり(Ⅰ.時の刻印/Ⅱ.シネマトグラフ/Ⅲ.はるかなる王宮)
第2部 第一次世界大戦(Ⅰ.神のパッサカリア/Ⅱ.最後の海戦 パート1、2/Ⅲ.パリは燃えているか)
第3部 ヒトラーの野望(Ⅰ.未来世紀/Ⅱ.大いなるもの東方より/Ⅲ. マネーは踊る/Ⅳ.パリは燃えているか)
後半オープニング[映像なし](パリは燃えているか[ピアノ·ソロ])
第4部 第二次世界大戦(Ⅰ.大いなるもの東方より/Ⅱ.最後の海戦 パート2/Ⅲ.神のパッサカリア/Ⅳ.狂気の影)
第5部 冷戦時代(Ⅰ.パリは燃えているか/Ⅱ.シネマトグラフ/Ⅲ.最後の海戦 パート1/Ⅳ.黒い霧)
第6部 ベトナム戦争、若者たちの反乱(Ⅰ.パリは燃えているか/Ⅱ.ザ·サード·ワールド/Ⅲ.睡蓮のアトリエ)
第7部 現代の悲劇、未来への希望(愛と憎しみの果てに)
エンディング(パリは燃えているか)
アンコール
第8部 新たなる危機(風のリフレイン)
第9部 バタフライエフェクト(グラン·ボヤージュ)
他日公演
12月21日(日)14:00やまぎん県民ホール(山形)
※出演者等の詳細は、公式サイトをご参照ください。
https://avex.jp/classics/eizou-no-seiki/
やまざき・こうたろう
演奏家の活動と録音をその生涯や同時代の社会状況において捉えなおし、歴史物語として説く「演奏史譚」を専門とする。クラシック音楽専門誌各誌や各種サイトなどに寄稿するほか、朝日カルチャーセンター新宿教室にてクラシック音楽の講座を担当している。著書は『演奏史譚1954/55』『クラシック・ヒストリカル108』(アルファベータ)、片山杜秀さんとの『平成音楽史』(アルテスパブリッシング)ほか。1963年東京生まれ。










