アンネ・ゾフィー・フォン・オッター クリスマス・ソングズ

聴く者のこころをじんわりとほぐし、あたたかい喝采に包まれたリサイタル

「ノエル、ノエル、ノエル!」と彼女は声を張り、身ぶりも大きく、ラヴェルの「おもちゃのクリスマス」を締めくくった。アンネ・ゾフィー・フォン・オッター10年ぶりの来日公演は、「クリスマス・ソングス」と題されたリサイタル。舞台向かって左にピアノのクリストフ・ベルナーを、右にギターのファビアン・フレドリクソンを従え、緑のドレスを身にまとって真ん中に立つ彼女は、クリスマスツリーのように見えた。

今年70歳を迎えたアンネ・ゾフィー・フォン・オッターが、東京オペラシティ コンサートホールにて10年ぶりの来日公演を開催した (C)大窪道治/東京オペラシティ文化財団
今年70歳を迎えたアンネ・ゾフィー・フォン・オッターが、東京オペラシティ コンサートホールにて10年ぶりの来日公演を開催した (C)大窪道治/東京オペラシティ文化財団

評者が最後にフォン・オッターの実演に接したのは、10年以上前だったと思う。けれども今もまるで変わらないように見え、また聴こえる。いや、70歳を迎えて、それなりに変わっているはずなのだ。にもかかわらず、である。ほんのりと匂うあの気品が、いまも損なわれていないからだろう。ラヴェルで発したフォルテにしても、大袈裟や滑稽とは無縁。そして、全体に〝ソット・ヴォーチェ〟の印象を残す。決して声高にならず、柔らかく透明という意味で。ドビュッシーの「もう家のない子たちのクリスマス」を歌うときでもそうなのだ。世界にはこの瞬間にも戦争の犠牲者たちがいる――そのことを思って歌っているはずだろうに。それでも、パーセルの「コールド・ソング」では、オペラティックな、かなり大きな振幅を見せただろう。

フォン・オッターは決して声高にならず、柔らかく透明な歌声を聴かせた (C)大窪道治/東京オペラシティ文化財団
フォン・オッターは決して声高にならず、柔らかく透明な歌声を聴かせた (C)大窪道治/東京オペラシティ文化財団

彼女が世界を思っているのは、多様な言語で歌うことからも分かる。たとえばレーガー「聖母マリアの子守歌」でのドイツ語。「Schlaf nun einさあお眠り」と歌うときのどこまでものびる「a」の優しい声音には、思わず泣けた。あるいはイザーク「今や全地は安らかに憩い」のスウェーデン語。「さらばインスブルックよ」の旋律をもとに編曲したその歌は、ギターが執拗に繰り返す保続音とも相まって、とても厳かに聞こえた。

これまでと同様、編曲もあれば、後半ではスティングなどのポップス・ソングもあった。その段になるとマイクを握るのだが、まだクラシック臭がちょっぴりある。でもそれはそれ。何よりこうした越境的自由が好いのであって、それが聴く者の心をじんわりとほぐす。アンコールも終わったあとの会場は、それはもうあたたかい喝采に包まれるのだった。

(舩木篤也)

アンコールが終わったあとの会場は、あたたかい喝采に包まれた (C)大窪道治/東京オペラシティ文化財団
アンコールが終わったあとの会場は、あたたかい喝采に包まれた (C)大窪道治/東京オペラシティ文化財団

公演データ

アンネ・ゾフィー・フォン・オッター クリスマス・ソングズ

12月8日(月)19:00東京オペラシティ コンサートホール

メゾ・ソプラノ:アンネ・ゾフィー・フォン・オッター ●
ギター:ファビアン・フレドリクソン ★
ピアノ:クリストフ・ベルナー ◆

プログラム
シューベルト:冬の夕べ D938 ● ◆
ヴォルフ:ああ、幼な児の瞳は ● ◆
ヴォルフ:棕櫚のこずえにただよう天使よ ● ◆
ブラームス:「6つの小品」Op.118から〝ロマンス〟◆
ブラームス:「5つの歌曲」Op.49から〝子守歌〟● ★ ◆
シューベルト:冬の歌 D401 ● ★
コルネリウス:「クリスマスの歌」Op.8から〝シメオン〟 ● ◆〝聖なる三博士〟 ● ◆
シューベルト:「楽興の時」D780から 第3曲 ヘ短調 ◆
フォーレ:ノエル Op.43-1 ● ★ ◆
ドビュッシー:もう家のない子たちのクリスマス ● ◆
ラヴェル:おもちゃのクリスマス ● ◆
ペルト:アリーナのために ◆
ペルト:クリスマスの子守歌 ● ★ ◆
レーガー:聖母マリアの子守歌 Op.76-52 ● ★ ◆

ノルドクヴィスト:クリスマス、輝かしいクリスマス ● ◆
シベリウス:「5つのクリスマスの歌」Op.1から
〝輝きも、金も、華やかさも与えないで〟● ◆〝いまクリスマスがやってくる〟● ★ ◆
イザーク:今や全地は安らかに憩い  ● ★
グルーバー:きよしこの夜 ● ★ ◆
パーセル:「アーサー王」から〝あなたは何の技を(コールド・ソング)〟● ★ ◆
J.S.バッハ:「フランス組曲第5番」ト長調BWV816から〝サラバンド〟◆
スティング:You Only Cross My Mind in Winter ● ★
B.アンダーソン:Little things ● ★
I.バーリン:恋に寒さを忘れて ● ★ ◆
W.ケント:クリスマスを我が家で ● ★ ◆
モレウス:コッポンゲン ● ★ ◆

アンコール
R.セクスミス:Maybe this Christmas
H.シュミット:ミュージカル「ファンタスティックス」より〝思い出の9月〟(Try to Remember)

Picture of 舩木 篤也
舩木 篤也

ふなき・あつや

1967年生まれ。広島大学、東京大学大学院、ブレーメン大学に学ぶ。19世紀ドイツを中心テーマに、「読売新聞」で演奏評、NHK-FMで音楽番組の解説を担当するほか、雑誌等でも執筆。東京藝術大学ほかではドイツ語講師を務める。著書に『三月一一日のシューベルト 音楽批評の試み』(音楽之友社)、共訳書に『アドルノ 音楽・メディア論』(平凡社)など。

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