田中彩子ソプラノ・リサイタル2025 Fantasy of Coloratura ~コロラトゥーラ・ファンタジー

超絶技巧のコロラトゥーラを駆使しながらも自然体な表現で聴衆を魅了した田中彩子

ソプラノ歌手、田中彩子のリサイタル・シリーズ「コロラトゥーラ・ファンタジー」から最終公演(7日、東京・第一生命ホール)を聴いた。(シリーズは大阪、福岡などで全8回)
2、3曲ごとにピアニストの佐藤卓史とともにトークを交えながらのコンサート。シリーズのテーマはファンタジーで幼少の頃に小説を読み、その幻想的な内容に幸せな気持ちになったことをイメージしてのプログラミングだという。

田中彩子のリサイタル・シリーズ「コロラトゥーラ・ファンタジー」の最終公演が東京・第一生命ホールで開催された
田中彩子のリサイタル・シリーズ「コロラトゥーラ・ファンタジー」の最終公演が東京・第一生命ホールで開催された

1曲目はドビュッシーの「月の光」の声楽編曲版。元々はピアノ曲であるため歌詞はなく「アー」の母音歌唱だったが、その声は澄み切った美しさで高音域もファルセットを使うことなくストレートに歌い進める。前半はフランスを中心にロシア、ベルギーの近・現代の作品で田中が今回テーマとした幻想的な浮遊感を多彩に表現した。前半のハイライトはオッフェンバックの「ホフマン物語」からオランピアのアリア。ゼンマイ仕掛けの機械人形が歌い、ゼンマイが切れかかると歌も止まりそうになるというコミカルな場面のアリア。田中はこの曲だけのために衣装を着替えて劇中のオランピアの扮装とメイクで登場。身振りも交えてコケティッシュなパフォーマンスで聴衆を魅了した。

前半はフランスを中心にロシア、ベルギーの近・現代の作品で、幻想的な浮遊感を多彩に表現

田中が着替えている間、ピアニストの佐藤が学生時代に作曲した自作のピアノ曲「白河夜船」を披露した。よしもとばななの同名の小説から得たインスピレーションをもとに作った作品だが、この四字熟語には熟睡している間に何が起こったのか分からなかったという意味もあり、ファンタジーというテーマに合致した作品と解釈することもできそうだ。

ところで、田中が得意とするコロラトゥーラとは細かい音符の連なりを時に音程の跳躍を交えながらコロコロと転がすように表現する歌唱法。モーツァルトの「魔笛」の夜の女王のアリアやこの日歌ったオランピアのアリアなどはその代表例である。田中はトリルの粒が細かく滑らかで、高音域への跳躍も無理なくそれも正確な音程で着地できる点に他の日本人歌手の追随を許さないほどの力量を確認することができた。

田中は、他の日本人歌手の追随を許さないコロラトゥーラを聴かせてくれた
田中は、他の日本人歌手の追随を許さないコロラトゥーラを聴かせてくれた

後半は最初がヨーロッパの教会で歌われるような作品を並べた。そのうちモーツァルトのラウダーテ・ドミヌムはウィーンに留学し、十分な収入がない頃に教会から声がかかるとこの曲を歌って「食いつないでいた」(田中)とのエピソードも紹介し客席の笑いを誘っていた。終盤は1960年代を中心とした映画音楽の名作からしみじみとした情感を湛えた歌唱を聴かせた。盛大な喝采に応えてヨハン・シュトラウスⅡ世のワルツ「春の声」をアンコール。さすが、ウィーンで学び現在もここを拠点として活躍しているだけあって、ウィーン風の自然な抑揚と間(ま)で躍動感のある「春の声」には心躍るものがあった。聴いていて20世紀の巨匠ヘルベルト・フォン・カラヤンが生涯ただ1度だけ指揮した1987年のウィーン・フィルのニューイヤー・コンサートで演奏されたキャスリーン・バトルの歌唱による「春の声」を思い出したほどの出来映えであった。

(宮嶋 極)

アンコールで歌ったウィーン風の「春の声」に心が躍った
アンコールで歌ったウィーン風の「春の声」に心が躍った

公演データ

田中彩子 ソプラノ・リサイタル2025 Fantasy of Coloratura
~コロラトゥーラ・ファンタジー

12月7日(日)14:00 第一生命ホール

ソプラノ:田中 彩子
ピアノ:佐藤 卓史

プログラム
ドビュッシー:月の光
ラフマニノフ:ここは素晴らしい場所
アーン:クロリスに
デラックァ:ヴィラネル「田園詩」
メシアン:ヴォカリーズ・エチュード
アリャビエフ:ナイチンゲール
佐藤 卓史:白河夜船(ピアノ・ソロ)
オッフェンバック:オペラ「ホフマン物語」よりオランピアのアリア
J.S.バッハ(伝G.H.シュテルツェル作):あなたがそばにいたら
パーセル:束の間の音楽
モーツァルト:ラウダーテ・ドミヌム
パガニーニ(クライスラー編):ラ・カンパネラ
ローラン:シバの女王
ルグラン:シェルブールの雨傘~映画「シェルブールの雨傘」より
マンシーニ:ひまわり~映画「ひまわり」より
ニーサ/パンツェーリ:夢見る想い
モリコーネ:愛のテーマ~映画「ニュー・シネマ・パラダイス」より
モリコーネ:ネッラ・ファンタジア~映画「ミッション」より

アンコール
ヨハン・シュトラウスⅡ世:ワルツ「春の声」

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宮嶋 極

みやじま・きわみ

放送番組・映像制作会社である毎日映画社に勤務する傍ら音楽ジャーナリストとしても活動。オーケストラ、ドイツ・オペラの分野を重点に取材を展開。中でもワーグナー作品上演の総本山といわれるドイツ・バイロイト音楽祭には2000年代以降、ほぼ毎年訪れるなどして公演のみならずバックステージの情報収集にも力を入れている。

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