ハリー・クリストファーズ指揮 ザ・シックスティーン

祈りに似た静かな感動を誘う18人の歌声

イギリスを代表する合唱団ザ・シックスティーンが、創設者で指揮者のハリー・クリストファーズに率いられて来日。21年振りの日本でのコンサート、グリーンホール相模大野開館35周年記念公演を聴いた。

ザ・シックスティーンが、創設者で指揮者のハリー・クリストファーズに率いられて21年振りの来日を果たした 撮影:Toru Hiraiwa
ザ・シックスティーンが、創設者で指揮者のハリー・クリストファーズに率いられて21年振りの来日を果たした 撮影:Toru Hiraiwa

プログラムは、今年生誕500年にあたるパレストリーナのミサ曲やモテット「ソロモンの雅歌」「スターバト・マーテル」などを軸に、生誕90年のペルト、そして宗教曲を多く手掛けているイギリスの現代作曲家マクミランの作品。これらを〝キリエ〟〝グローリア〟などの4つのミサ通常文(〝サンクトゥス〟を除く)を歌詞とする楽曲を並べて典礼のような構成に仕立てている。18名の歌手たちによるア・カペラだ。

グレゴリオ聖歌の詠唱に始まる〝キリエ〟の冒頭。アルト、テノール、バスと歌い継がれていく。ノン・ヴィブラートのストレートな声、しなやかで優美なフレージング。パートごとの、あるいはすべてのパートが重なったときの声質の合一性。ラテン語の発音が明快で、「クリステ」などの子音が美しく、歌詞が良く聴き取れる。

ノン・ヴィブラートのストレートな声でラテン語の発音も明快。歌詞が良く聴きとれた 撮影:Toru Hiraiwa
ノン・ヴィブラートのストレートな声でラテン語の発音も明快。歌詞が良く聴きとれた 撮影:Toru Hiraiwa

続く〝グローリア〟でも彼らは作品とともに呼吸し、その表現は彫琢され、静謐(せいひつ)だ。言葉に合わせて律動し、緩やかに波打ち、情熱的に大きく盛り上がる。それは十字架のイエスのもとで涙にくれる聖母を歌った「スターバト・マーテル」や後半の〝クレド〟も同様。ペルトの「主よ、平和を与えたまえ」は、小鐘の音を模した作曲家特有の様式の作品だが、彼らの演奏は静かな湖面に落ちる水滴のようだ。ミサ曲と違って「ソロモンの雅歌」は言葉の絵画的表現が興味深い。〝わが愛する者よ、立ち上がりなさい〟の冒頭の上行音型はどこかうきうきとしているし、〝わたしは今起きて、町をまわり歩き〟は元気いっぱい。曲から曲への推移もよく考えられていて、歌詞を読みながら聴いていると(大判プログラムの歌詞対訳がとても見やすい)、物語のような関連性も感じられる。パレストリーナのモテット「これらの町が受けし試練のことを」の悲しみに続いて歌われる〝アニュス・デイⅠ〟の神の子羊への憐みの懇願。そして〝アニュス・デイⅡ〟の「私たちに平和を」の温かな響きが会場を満たしていく。祈りに似た沈黙の後に客席から拍手が沸き起こった。
(那須田務)

物語を感じさせたプログラムのラスト、〝アニュス・デイⅡ〟の「私たちに平和を」の温かな響きが会場を満たし、客席から拍手が沸き起こった 撮影:Toru Hiraiwa
物語を感じさせたプログラムのラスト、〝アニュス・デイⅡ〟の「私たちに平和を」の温かな響きが会場を満たし、客席から拍手が沸き起こった 撮影:Toru Hiraiwa

公演データ

神奈川県民ホール presents グリーンホール相模大野開館35周年記念
The Sixteen(ハリー・クリストファーズ 指揮)

11月22日(土)14:00相模女子大学グリーンホール 大ホール

指揮:ハリー・クリストファーズ
合唱:ザ・シックスティーン

プログラム
パレストリーナ:ミサ曲「兄弟たちよ、わたしは主から受けたことを」より〝キリエ〟〝グローリア〟
ペルト:主よ、平和を与えたまえ
パレストリーナ:「ソロモンの雅歌」より第16 番〝わが愛する者よ、立って〟
マクミラン:「ストラスクライドのモテット集」より〝その手を差し伸べ〟
パレストリーナ:「ソロモンの雅歌」より第18 番〝わたしは今起きて、町をまわり歩き〟
パレストリーナ:大いに尊敬されるべきは
パレストリーナ:スターバト・マーテル
パレストリーナ:ミサ曲「ドレミファソラ」(ヘクサコルド・ミサ)より〝クレド〟
パレストリーナ:「ソロモンの雅歌」より第4番〝わたしは自分のぶどう園を守らなかった〟
ジェイムズ・マクミラン:「ストラスクライドのモテット集」より〝とこしえの王として、主は御座をおく〟
パレストリーナ:「ソロモンの雅歌」より第6番〝あなたのほおは美しく飾られ〟
ペルト: カエサルを讃えて
パレストリーナ:わたしたちはこれらの町が受けた苦難のことを聞き
パレストリーナ:ミサ曲「ドレミファソラ」(ヘクサコルド・ミサ)より〝アニュス・デイⅠ&Ⅱ〟

アンコール
「ソロモンの雅歌」より第23番〝この者は誰ぞ〟

他日公演
11月23日(日・祝)15:00青山音楽記念館バロックザール(京都)、24日(月・休)15:00福岡シンフォニーホール

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那須田 務

なすだ・つとむ

音楽評論家。ドイツ・ケルン大学修士(M.A.)。89年から執筆活動を始める。現在『音楽の友』の演奏会批評を担当。ジャンルは古楽を始めとしてクラシック全般。近著に「古楽夜話」(音楽之友社)、「教会暦で楽しむバッハの教会カンタータ」(春秋社)等。ミュージック・ペンクラブ・ジャパン理事。

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