サントリーホール ARKクラシックス〔公演6〕 ARK SOLOISTS 3 「辻󠄀井伸行 ショパン・スペシャル」 

聴衆と心を通わせる——辻󠄀井ならではの温かいショパン

サントリーホールで開催中の音楽祭、ARKクラシックスの3日目。アーティスティック・リーダーを務める辻󠄀井伸行がオール・ショパン・プログラムを披露した。
17歳でショパン国際ピアノコンクールに出場した辻󠄀井が、異例の批評家賞を受賞してから20年を迎える今年。まさに第19回ショパン国際ピアノコンクールが行われているこのタイミングで辻󠄀井のショパンを聴くことに、感慨を覚えずにはいられなかった。

オール・ショパン・プログラムを披露した辻井伸行©N.IKEGAMI
オール・ショパン・プログラムを披露した辻井伸行©N.IKEGAMI

英雄ポロネーズで華々しく幕開けした演奏会。疾走感のある〝英雄〟に、会場の温度は一気に上昇。1曲目から盛大な拍手喝采が沸き起こった。

次に、ノクターンの第7番と第8番が続けて演奏された。息をのむほど美しい響きは、この演奏会の白眉ではなかったか。
ショパンが生涯にわたって作曲を続けたノクターンは、ワルツやマズルカのような舞曲的要素にとらわれず、より作曲家の内面に肉薄している。辻󠄀井は、ショパンの声に注意深く耳を傾けるように、一音一音を丁寧に描く。テンポを大袈裟に揺らすことはしないが、音色の変化で歌うように奏した。

メインはショパンが亡くなる5年前に作曲したピアノ・ソナタ第3番。辻󠄀井は少し間をおいてから、一音目を大切に始めた。第1楽章41小節目に現れる天上のメロディーやスケルツォ楽章の小気味良い疾走感。第3楽章ラストの和音の極上の弱音など、ハッとするような瞬間にたびたび遭遇し、ショパンの晩年の大作を十二分に堪能した。

辻井伸行はショパンの内面に肉薄する演奏を聴かせた©N.IKEGAMI
辻井伸行はショパンの内面に肉薄する演奏を聴かせた©N.IKEGAMI

アンコール1曲目でノクターン第20番「遺作」をしっとりと切なく歌い上げた後、辻󠄀井は曲とのギャップに驚くほど明るい調子で、この日初めて声を聞かせた。〝せっかくなので、盛大な拍手にお応えして〟と、続いて「革命」を披露。辻󠄀井の持ち味である、推進力のあるパワフルな演奏で会場をさらに沸かせた。
それでも拍手が止む気配はなく、ついに3曲目のアンコール「別れの曲」では、これぞショパンというような切なく甘い旋律を、滋味深く奏でた。

一期一会を大切にする辻󠄀井らしく、最後にピアノの蓋を閉めるまで、会場にいる人たちを喜ばせようと心を尽くす。また、辻󠄀井との時間を1秒たりとも逃さずに味わおうとする聴衆の気概も感じられ、互いが心を通わせるような温かい雰囲気に包まれた公演だった。

(野崎裕美)

 

公演データ

サントリーホール ARKクラシックス〔公演6〕
ARK SOLOISTS 3 「辻󠄀井伸行 ショパン・スペシャル」 

10月5日(日)12:00サントリーホール 大ホール

プログラム
ショパン:
ポロネーズ第6番変イ長調 Op.53「英雄」
ノクターン第7番嬰ハ短調Op.27-1
ノクターン第8番変ニ長調Op.27-2
ピアノ・ソナタ第3番ロ短調Op.58

アンコール
ショパン:
ノクターン第20番嬰ハ短調 KK.IVa/16「遺作」
エチュード集Op.10-12第12番「革命」
エチュード集Op.10-3第3番「別れの曲」

※サントリーホール ARKクラシックス他日公演の詳細は、公式サイトをご参照ください。
https://avex.jp/classics/arkclassics2025/

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野崎 裕美

のざき・ひろみ

クラシック音楽専門誌「音楽の友」ほか音楽誌の編集者を経て、現在はフリーランスのライター・編集者として活動。毎日クラシックナビでは速リポ等を担当し、クラシック音楽のコンサートに通う人が増えるような情報発信に日々情熱を燃やす。

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