室内楽の祭典が開幕!フォーレ四重奏団が緊密な合奏で風格をみせる
「室内楽の殿堂」として評価を確立したTOPPANホールがことし、ついに開館25周年を迎えた。コロナ禍で潰(つい)えた5年前の20周年の分も取り返そうと、全5回のお祭りが始まった。核となるのはホールと縁が深いフォーレ四重奏団。グループ単体から、メンバーが出入りする様々な編成、ソプラノのアネッテ・ダッシュを迎える回まで盛りだくさんだ。その隅々へ、西巻正史プログラミング・ディレクターの意図が周到に張り巡らされている。
初日は基本編成でのモーツァルトのピアノ四重奏曲第2番を手始めに、五重奏へ発展し、モーツァルトとシューベルトの傑作を2曲という、室内楽ファンにはこたえられない組み合わせになった。

モーツァルトのピアノ四重奏曲第2番は充実した創作期の名品。フォーレ四重奏団にとっては定番ゆえ、解釈は彫たくの極み、きわめて完成度が高い。第1楽章冒頭から、4者のまろやかな溶け合いが耳を引きつけ、音色やフレージングのイメージが完全に共有されていることが分かる。典雅な軽みが、思わず笑みのこぼれるような幸福感をもたらす。変イ長調の第2楽章ラルゲットは、晴れた青空だけがもつ長調の哀感をビロードのようなテクスチュアで表出。静ひつな味わいが際立った。その対比で、フィナーレのロンド楽章は快活な愉悦感にあふれた。
続くモーツァルトの弦楽五重奏曲K516は、ト短調という宿命的な調性による傑作。通常の弦楽四重奏にヴィオラがもう一人、加わる。ピアノが抜けた弦3人プラス、コロナ禍で何度も来演を断念したヴィオラの名手ニルス・メンケマイヤーが参加し、やはり同ホールと結びつきの強い日下紗矢子が第1ヴァイオリンを務めた。

「疾走するかなしみ」と評された第1楽章から古典的な均整美と上品な陰影をたたえ、情緒過多に陥らない。新たな2人がアンサンブルをリードするが、決して突出せず、抑制の利いた表情を保つのは、全員がドイツ語圏に地盤があり、音楽語法のベクトルがそろっているためだろう。いちだんと憂色の濃い第2楽章も、澄んだ情緒がさわやか。弱音器をつけた第3楽章では、灰色のナイーブな悲愴美をたっぷり表した。終楽章主部のロンドは速いテンポで、さっそうと進んだ。総じて、切れのいい奏風が印象を深めた。
後半は基本編成にコントラバスの石川滋が加わったシューベルトのピアノ五重奏曲イ長調「鱒」。団員4人がそろった安心感からか、随所で自在な歌心が発揮された。その分、コントラバスの存在感はやや控えめで、アンサンブル全体では、どこか型にはまった感覚を残したのは意外だった。

そのうっぷんを晴らすかのように、アンコールで演奏したブラームスのピアノ四重奏曲第1番終楽章では、情熱的な旋律を熱狂的にうたいあげ、会場を興奮の渦に巻き込んだ。大見得の切り方やハッタリまで、ぴたりとそろった緊密な合奏は、結成30年のキャリアを示して余りあり、お祭りの主役の風格十分だった。
(深瀬満)
公演データ
TOPPANホール25周年 室内楽フェスティバル I
フォーレ四重奏団とともに
10月2日(木)19:00 TOPPANホール
フォーレ四重奏団
ヴァイオリン:エリカ・ゲルトゼッツァー
ヴィオラ:サーシャ・フレンブリング
チェロ:コンスタンティン・ハイドリッヒ
ピアノ:ディルク・モメルツ
ヴァイオリン:日下紗矢子
ヴィオラ:ニルス・メンケマイヤー
コントラバス:石川 滋
プログラム
モーツァルト:ピアノ四重奏曲第2番 変ホ長調 K493
モーツァルト:弦楽五重奏曲 ト短調 K516
シューベルト:ピアノ五重奏曲 イ長調 D667「鱒」
アンコール
ブラームス:ピアノ四重奏曲第1番 ト短調 Op.25より 第4楽章

ふかせ・みちる
音楽ジャーナリスト。早大卒。一般紙の音楽担当記者を経て、広く書き手として活動。音楽界やアーティストの動向を追いかける。専門誌やウェブ・メディア、CDのライナーノート等に寄稿。ディスク評やオーディオ評論も手がける。