オーケストラを歌わせ、雄弁かつ深い音楽性を示す
N響シーズン開幕に登場した首席指揮者ファビオ・ルイージ、就任4年目にしてフランツ・シュミットの交響曲という宿願を果たした。前半はウィーン繋(つな)がりでベートーヴェンの「皇帝」。シュミットはウィーン・フィルやウィーン宮廷歌劇場(現・ウィーン国立歌劇場)管弦楽団のチェロ奏者でありながらピアノの名手でもあり、ベートーヴェンのひ孫弟子にあたるそうだ。

ソリストにブロンフマンを迎えた「皇帝」は、ピアノが小さく見えるほど豊かな体躯(たいく)のブロンフマンの鮮やかなタッチで、ダイナミックな音から繊細なピアニッシモまで自在にコントロールされた堂々たる演奏。特筆すべきはオーケストラが雄弁かつ深い音楽性を発揮して、ブロンフマンと文字通り協奏していたことだ。5月にルイージとマーラーフェスティバルやドレスデン音楽祭に招聘(しょうへい)されて、世界の檜(ひのき)舞台で5年ぶりの海外ツアーを成功させた成果は冒頭から表れた。

シュミットの交響曲4番は一人娘エマが第一子出産後に急逝したことを受けて愛娘へのレクイエムとして書かれた作品。4部構成で、トランペットソロに始まり2つの主題が提示される第1部、チェロのソロから始まり葬送行進曲に繋がるアダージョ(第2部)、スケルツォ(第3部)、第4部で2つの主題がさらに高揚した後、再びトランペットのソロで終わりを迎え、全体は切れ目なく演奏される。
冒頭トランペット(菊本)の心の置き場がないような虚無感のある主題に、オーケストラが加わっていくとみるみる色彩感が増し、情感あふれる主題とともに様々な楽器が幾重にも旋律を織りなす。アダージョでのチェロのソロ(藤森)やコンマス(郷古)と木管、ホルンによるアンサンブルなどに光のさすような多幸感があるのは、娘との幸せな日々の思い出だろうか。
ルイージの指揮は全員ソリストとでもいうようにオーケストラを歌わせ、感情の起伏の激しい楽想も大きな一つのうねりのように応えた団員たちは見事。トランペットソロによる最後の一音(ハ音)が永遠の安らぎをもたらした。静寂を挟んでブラボーの声がステージに降りそそぐ、確かにマエストロのシュミットへの想いが伝わる演奏だった。
(毬沙琳)

公演データ
NHK交響楽団 第2042回 定期公演 Aプログラム
9月13日(土)18:00 NHKホール
指揮:ファビオ・ルイージ(首席指揮者)
ピアノ:イェフィム・ブロンフマン
管弦楽:NHK交響楽団
コンサートマスター:郷古 廉
プログラム
ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第5番 変ホ長調「皇帝」
フランツ・シュミット:交響曲第4番 ハ長調
他日公演
9月14日(日)14:00 NHKホール

まるしゃ・りん
大手メディア企業勤務の傍ら、音楽ジャーナリストとしてクラシック音楽やオペラ公演などの取材活動を行う。近年はドイツ・バイロイト音楽祭を頻繁に訪れるなどし、ワーグナーを中心とした海外オペラ上演の最先端を取材。在京のオーケストラ事情にも精通している。