霊峰を登るブルックナーの醍醐味を十二分に味わう86分の長い旅路
今年のフェスタ サマーミューザの新日本フィルは、16年から21年まで音楽監督を務めた上岡敏之が振るブルックナーの7番。彼らは19年にもこの曲を演奏しているが、筆者が上岡の指揮でブルックナーの 7番を聴くのは、07年、当時彼が音楽総監督を務めていたヴッパタール交響楽団の来日公演以来だ。その時の演奏時間90分を超える衝撃的な演奏がどのような変化を遂げているのか、興味津々で猛暑の昼公演に赴いた。

使用する楽譜はハース版となっているが、あくまでもベースであって「連弾譜、リハーサルでのコメント……ブルックナーを含めたいろいろな人達の書簡も検討して」と配布されたプログラムに上岡のメッセージがあり、研究が続いているのが窺える。
静寂の中からヴァイオリンのトレモロに続くチェロが奏でるテーマが聴こえてくると、そこは一音一音意味をもたせるように丁寧に演奏する上岡ワールド。スローテンポではあるが、全ての旋律が有機的に絡み合い、指揮者とオーケストラが目指す方向が明確なので、ひたすら美しい旋律を味わいつくすような演奏に引き込まれる。

ブルックナーの思いの丈が詰まった長大な第1楽章では多彩な音色の変化、陰影に富んだ微妙なニュアンスが木管、金管をはじめあらゆるパートのクリアな音色と共に伝わってくる。ブルックナー特有のリズムも跳躍感があり決して重く聴こえないので、推進力を失わず全楽器(ワーグナーチューバも吹く)による長大な楽章のフィナーレまで一気に聴かせた。続くアダージョは紗幕がかかったような響きが優しく、次々転調でテーマが繰り返される中、まろやかな音色が受け継がれていく。シンバル、トライアングルが1小節だけ加わるクライマックスでは解き放たれたfffが輝かしく、その後もティンパニーのトレモロで持続するあたりはまさにオルガンのそれだ。続くワーグナーチューバの葬送のメロディーの悲しみがあまりにも深く、最後にホルンが嬰ハ短調から長調に転じて救われる思い。

3楽章は対位法に基づく旋律を目一杯楽しむように展開し、フィナーレでは更にオケの一体感が増して音楽が深まっていく。かくしてppのティンパニーのトレモロとホルンから始まるコーダの壮麗な響きは、霊峰を登るブルックナーの醍醐味を十二分に味わう86分の長い旅路の締めくくりに相応しいものだった。
(毬沙琳)
公演データ
フェスタ サマーミューザ KAWASAKI 2025
新日本フィルハーモニー交響楽団 上岡渾身のブルックナー
8月2日(土)15:00ミューザ川崎シンフォニーホール
指揮:上岡敏之
管弦楽:新日本フィルハーモニー交響楽団
コンサートマスター:崔 文洙
プログラム
ブルックナー:交響曲第7番 ホ長調(ハース版)

まるしゃ・りん
大手メディア企業勤務の傍ら、音楽ジャーナリストとしてクラシック音楽やオペラ公演などの取材活動を行う。近年はドイツ・バイロイト音楽祭を頻繁に訪れるなどし、ワーグナーを中心とした海外オペラ上演の最先端を取材。在京のオーケストラ事情にも精通している。