ウィーン・フォルクスオーパー、ウィーン国立バレエ団との共同制作 東京二期会オペラ劇場「イオランタ/くるみ割り人形」(新制作)

イオランタの成長物語を歌劇とバレエで生き生きと描き出す

チャイコフスキーの歌劇「イオランタ」とバレエ音楽「くるみ割り人形」は、同じ一夜に初演された名作。二つを合体し、「成長の物語」として子供から大人まで楽しめる出し物に仕立て直したら――。ウィーン・フォルクスオーパーの芸術監督ロッテ・デ・ベアが演出し、現地で2022年10月に初演された話題作が、東京二期会と同歌劇場、ウィーン国立バレエ団の共同制作で日本に登場した。東京公演のあとは愛知、大分で上演が予定される。

ロッテ・デ・ベア演出、チャイコフスキー「イオランタ/くるみ割り人形」(新制作) 写真提供:公益財団法人東京二期会 撮影:寺司正彦
ロッテ・デ・ベア演出、チャイコフスキー「イオランタ/くるみ割り人形」(新制作) 写真提供:公益財団法人東京二期会 撮影:寺司正彦

オランダの気鋭ロッテ・デ・ベアは、鬼才ペーター・コンヴィチュニーのアシスタントなどでオペラ演出の経験を積み、東京二期会ではヴェルディ「ドン・カルロ」(2023年)を演出した。本作では「イオランタ」の筋を軸に、「くるみ割り人形」は分解してパーツ化し、盲目の王女イオランタの心象風景として自由に落とし込んだ。編集の末、残った音楽は正味100分弱、子供が飽きない程度に抑えられた。
原曲の切り貼りというと、昨年に物議を醸したR.シュトラウス「影のない女」を想起させ、危うさが潜む。ベアはその当事者の弟子筋で、手法は似ている。歌劇またはバレエをすべて見たい層には中途半端に映るリスクが残る一方、ファミリー向けなのだから適度な長さで楽しめれば十分、という見方も成り立つ。

「イオランタ」の筋を軸に、「くるみ割り人形」は分解してパーツ化し、イオランタの心象風景として落とし込まれた 写真提供:公益財団法人東京二期会 撮影:寺司正彦
「イオランタ」の筋を軸に、「くるみ割り人形」は分解してパーツ化し、イオランタの心象風景として落とし込まれた 写真提供:公益財団法人東京二期会 撮影:寺司正彦

最終的な評価の分かれ目は、音楽そして舞台作品としての説得力だろう。その点、チャイコフスキー特有の旋律美を生かして、まるでパスティッチョ(名場面の寄せ集め)のようにまとめた作劇法は、それなりに目的にかなっていた。

前半は「くるみ割り人形」の小序曲で軽妙に始まるが、途中から「イオランタ」の陰鬱(いんうつ)な序曲が重なって切り替わり、色合いを対比させる。王女が成長の不安を語るアリオーソの後は、いきなり「花のワルツ」となり、夢の中で多彩な舞踊が繰り広げられた。恋に落ちるヴォデモン伯爵との運命的な出会いの場面では、「くるみ割り人形」で最も情感に富む曲のひとつ「パ・ド・ドゥ」に差し替わり、効果的な幕切れになった。後半も同工の展開で、王女の視力回復を喜ぶフィナーレに「くるみ割り人形」終幕のワルツとアポテオーズを加え、その世界を忘れないよう教訓を残すなかで大団円となった。

大団円 写真提供:公益財団法人東京二期会 撮影:寺司正彦
大団円 写真提供:公益財団法人東京二期会 撮影:寺司正彦

19日のキャストでは、イオランタ役の川越未晴が柔らかな声質で王女の可憐で純粋なキャラクターを的確に表出。ヴォデモン伯爵の岸浪愛学も高音で艶のある張りを輝かせて魅了した。重要な脇役の医師エブン=ハキアでは宮本益光が存在感ある深みを発揮した。

イオランタ役の川越未晴(左)とヴォデモン伯爵の岸浪愛学(右) 写真提供:公益財団法人東京二期会 撮影:寺司正彦
イオランタ役の川越未晴(左)とヴォデモン伯爵の岸浪愛学(右) 写真提供:公益財団法人東京二期会 撮影:寺司正彦

こうした歌劇とバレエが入れ子になる構造を、双方の経験が深い指揮者マキシム・パスカルは起伏豊かに扱い、生き生きとしたドラマを東京フィルから引き出した。ウィーン国立バレエ団出身の振付家、アンドレイ・カイダノフスキーは現代的なダンスを採り入れ、イオランタの感情や体験をストレートに投影。東京シティ・バレエ団員が切れの良い動きで躍動感を表し、舞台に変化をつけた。

愛知、大分公演では、ピットが川瀬賢太郎指揮の名古屋フィルに変わる。
(深瀬満)

公演データ

ウィーン・フォルクスオーパー、ウィーン国立バレエ団との共同制作
東京二期会オペラ劇場「イオランタ/くるみ割り人形」(新制作)

7月19日(土)14:00 東京文化会館 大ホール

指揮:マキシム・パスカル
演出:ロッテ・デ・ベア
振付:アンドレイ・カイダノフスキー
装置:カトリン・レア・ターク
衣裳:ジョリーン・ファン・ベーク
照明:アレックス・ブロック

イオランタ:川越未晴
ルネ:北川辰彦
ヴォデモン伯爵:岸浪愛学
ロベルト:菅原洋平
エブン=ハキア:宮本益光
アルメリック:濱松孝行
ベルトラン:ジョン ハオ
マルタ:一條翠葉
ブリギッタ:田崎美香
ラウラ:川合ひとみ

バレエ:東京シティ・バレエ団

管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団

プログラム
チャイコフスキー「イオランタ/くるみ割り人形」(新制作)
日本語字幕付原語(ロシア語)上演

※他日公演
20日(日)、21日(月・祝)14:00 東京文化会館 大ホール
https://nikikai.jp/lineup/iolanta2025/

7月26日(土)13:00 愛知県芸術劇場 大ホール
https://nikikai.jp/lineup/iolanta2025_aichi/

8月2日(土)13:00 iichiko総合文化センター iichikoグランシアタ(大分)
https://nikikai.jp/lineup/iolanta2025_oita/

※各公演データの詳細は、公式サイトをご参照ください。

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深瀬 満

ふかせ・みちる

音楽ジャーナリスト。早大卒。一般紙の音楽担当記者を経て、広く書き手として活動。音楽界やアーティストの動向を追いかける。専門誌やウェブ・メディア、CDのライナーノート等に寄稿。ディスク評やオーディオ評論も手がける。

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