生き生きと躍動する圧巻のストリングス・プロ
ピンカス・ズーカーマンは日本でもおなじみの名ヴァイオリニスト。指揮活動も行っている。2度目の東京フィル客演では弦楽器に主軸を置いた魅力的なプログラムを携え、達者な「弾き振り」まで披露した。

サービス精神は旺盛。まず本番前にスペシャル・プレコンサートとして、楽員とメンデルスゾーンの弦楽八重奏曲第1楽章を採り上げた。一緒に登場したのはコンサートマスターの三浦章宏をはじめ弦楽セクションの首席、副首席、フォアシュピーラー。
ズーカーマンは持ち前のこってり脂が乗ったロマンティックな美音を振りまき、たっぷりヴィヴラートを掛けた朗々たるスタイルで魅了。触発されたメンバーも熱量の高い大きなうねりを生み出して、舞台は早くも熱気に包まれた。これが当夜の「ストリングス・プロ」事実上の幕開けとなった。

本編1曲目は、そんなムードを残す中でのエルガー「弦楽セレナード」。もぎたての果実を搾ったような甘美で豊潤な音色がホールを満たした。編成は第1ヴァイオリン10人の弦楽5部。小ぶりなサイズが会場の空間とマッチして、みずみずしい響きを醸したのも奏功した。ズーカーマンの指揮は冒頭から肉厚なカンタービレを引き出し、2曲目のラルゲットでは切々たる叙情を漂わせた。3曲目のアレグレットを慈しむように閉じた。

続くハイドンのヴァイオリン協奏曲第1番では、みずから愛器を手にして、貫禄を示した。さらに刈り込んだ編成は第1ヴァイオリンから8-8-8-4-4と、やや特殊なフォーメーション。この作品を2度も録音して愛する巨匠だけに、自分の楽器が最も効果的に浮かぶすべを知っているのだろう。
第1楽章はじめの重音から弓の圧が強く、押し出しの良いノーブルな歌心が輝かしく浮かんだ。第2楽章アダージョでは、したたるような美音を生かし、磨き抜かれた軽みが見事。ロンド形式の終楽章では古典的な格調あふれる愉悦性に、すっかり引き込まれた。
後半は指揮に専念し、モーツァルトの交響曲第41番「ジュピター」。やはりオーソドックスで率直なスタイルを貫き、「ストリングス・プロ」の結びらしく、ヴァイオリン中心に主旋律を生き生きと躍動させた。音色の幅を広げるクラリネットを欠き、終楽章のフーガなど弦楽器の活躍が目立つ本作を選んだのも、企画の狙い通りと聴けた。フィナーレは壮麗そのもの。こうした反応が良く、てらいのない古典派演奏は、すがすがしい後味を残してくれるものだ。
(深瀬満)

公演データ
東京フィルハーモニー交響楽団 第171回東京オペラシティ定期シリーズ
6月24日(火)19:00東京オペラシティ コンサートホール
指揮・ヴァイオリン:ピンカス・ズーカーマン
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
コンサートマスター :三浦章宏
プログラム
エルガー:弦楽セレナードホ短調 Op.20
ハイドン:ヴァイオリン協奏曲第1番ハ長調 Hob.VIIa:1
モーツァルト:交響曲第41番ハ長調 K.551「ジュピター」
(スペシャル・プレコンサート)
ヴァイオリン:ピンカス・ズーカーマン
東京フィルメンバー
(プログラム)
メンデルスゾーン:弦楽八重奏曲第1楽章

ふかせ・みちる
音楽ジャーナリスト。早大卒。一般紙の音楽担当記者を経て、広く書き手として活動。音楽界やアーティストの動向を追いかける。専門誌やウェブ・メディア、CDのライナーノート等に寄稿。ディスク評やオーディオ評論も手がける。