ヨーロッパ・ツアーの果実を感じさせる充実の演奏が繰り広げられた帰国第1弾のN響定期
NHK交響楽団の5月定期Cプロを聴いた。指揮はリトアニア出身で現在、リンツ・ブルックナー管弦楽団の首席指揮者を務める注目の若手ギエドレ・シュレキーテ。
N響はアムステルダムで開催されたマーラー・フェスティバルへの出演を中心とした欧州ツアーから帰国して最初の定期。同フェスをはじめ各地の演奏会が大喝采に包まれる成功裏に終わったことから、この日はいわば凱旋公演の趣で、加えて人気実力を兼ね備えたピアニストの藤田真央がソリストとあってNHKホールは満員の聴衆で埋め尽くされた。

シュレキーテは両手を大きく振り、時にジャンプ気味に伸び上がったり、弱音では身を屈めたりと全身を使ったアクティブな指揮ぶり。しかし、そこから導き出される音楽は丁寧で繊細、とりわけ弱音の美しさが際立つものであった。1曲目「ロザムンデ」序曲。序奏部は前述の通り丁寧に音楽が進められ、テンポが速くなる主導部以降はシューベルトならではの転調による陰影の変化が繊細に表現されていた。

2曲目は藤田をソリストに迎えてエルンスト・フォン・ドホナーニ(ドイツで活躍したハンガリー人の作曲家)の「きらきら星変奏曲」。冒頭、2組のティンパニの強奏を伴う不協和音がとどろく序奏から一転、ピアノ・ソロによって有名な「きらきら星」の主題が提示される。そこから11曲の変奏とコーダへと続くのだが、軽妙洒脱(しゃだつ)な変化に富み、藤田の軽やかで粒立ちが美しいピアノが一層映える作品である。藤田は弱音における微細なニュアンスの表現が見事。オケとの音楽対話も細やかに行われ、演奏機会が多くはないが、その楽しさに満ちた作品の魅力が存分に表現された秀演となった。

後半はリヒャルト・シュトラウスの歌劇「影のない女」、「ばらの騎士」の管弦楽編曲版。シュレキーテはシュトラウスによる重層構造のオーケストレーションを立体的に整理して全体の響きを組み立てていくことで、シュトラウスが意図した物語に即した音の世界をうまく描き出していた。その効果は「影のない女」の方がより顕著に感じられ、N響の重厚なサウンドと相まってオペラの各場面が眼前に広がるような演奏。シュトラウスと縁の深いドレスデンなどで演奏してきた直後だけに、N響のサウンドもさらにシュトラウスに相応しいものへと充実の度合を深めたようにも聴こえた。ラストの「ばらの騎士」では美しい響きは「影のない女」と共通していたが、シュレキーテのアプローチがややデリケートすぎるようにも感じた。オックス男爵のワルツやファーニナル家の場面の音楽では流れるような躍動感がもう少しあれば、より完成度が上がったのではないか、と考えるのは欲張りすぎか。
いずれにしてもツアーでのさまざまな体験を通して各プレイヤーに新たなインスピレーションが与えられたことを実感させてくれる、密度の濃いシュトラウス2曲であった。
(宮嶋 極)
公演データ
NHK交響楽団第2038回定期公演
5月30日(金)19:00 NHKホール
指揮:ギエドレ・シュレキーテ
ピアノ:藤田 真央
管弦楽:NHK交響楽団
コンサートマスター:長原 幸太
プログラム
シューベルト:「ロザムンデ」序曲
ドホナーニ:童謡(きらきら星)の主題による変奏曲Op.25
リヒャルト・シュトラウス:歌劇「影のない女」による交響的幻想曲
リヒャルト・シュトラウス:歌劇「ばらの騎士」組曲
ソリスト・アンコール
デオダ・ド・セヴラック:ポンパドゥール夫人へのスタンス
※他日公演 5月31日(土)14:00 NHKホール

みやじま・きわみ
放送番組・映像制作会社である毎日映画社に勤務する傍ら音楽ジャーナリストとしても活動。オーケストラ、ドイツ・オペラの分野を重点に取材を展開。中でもワーグナー作品上演の総本山といわれるドイツ・バイロイト音楽祭には2000年代以降、ほぼ毎年訪れるなどして公演のみならずバックステージの情報収集にも力を入れている。