東京・春・音楽祭2025 アンサンブル・アンテルコンタンポラン I ブーレーズ 生誕100年に寄せて

時間と空間の厳格な〝管理〟から生まれる自由なゆらぎ

指揮は2023/24年シーズンからアンサンブル・アンテルコンタンポラン(EIC)音楽監督(マティアス・ピンチャーの後任)を務めるピエール・ブルーズ。1977年生まれのフランス人ヴァイオリニストでトゥールーズ室内管弦楽団コンサートマスターとして来日した後、2024年3月に東京交響楽団と神戸市室内管弦楽団と共演し、日本での指揮者デビューを果たした。作曲家兼指揮者のピエール・ブーレーズ(1925-2016)生誕100年に当たって現存作曲家との対比を考え、「音楽の明晰さやオーケストレーションの緻密さに共通点があり、ブーレーズが才能を認めてキャリアを後押しした」というスイス人、ミカエル・ジャレル(1958-)とブーレーズの作品を交互に演奏した。

アンサンブル・アンテルコンタンポラン(EIC)音楽監督のピエール・ブルーズ(C)平舘平/東京・春・音楽祭2025
アンサンブル・アンテルコンタンポラン(EIC)音楽監督のピエール・ブルーズ(C)平舘平/東京・春・音楽祭2025

冒頭のジャレル「アソナンスⅣb」(2009)はホルンソロで超絶技巧の両端に弱音器(ミュート)をつけ肉声も交えた中間部をはさむ3部構成。ジャンヌ・モーグルニエの独奏は技術の万全を超えたエレガンスを漂わせ、弱音ロングトーンの着地を見事に決めた。

ジャレル「アソナンスⅣb」では、ジャンヌ・モーグルニエがエレガンス漂うホルン独奏を聴かせた(C)飯田耕治/東京・春・音楽祭2025
ジャレル「アソナンスⅣb」では、ジャンヌ・モーグルニエがエレガンス漂うホルン独奏を聴かせた(C)飯田耕治/東京・春・音楽祭2025

次はブーレーズ「カミングスは詩人である」(1970/1986改訂)。16人の混声4部合唱&ソロとオーケストラのための15分弱の作品だ。20世紀アメリカの詩人、E.E(エドワード・エスリン)カミングスが1935年に発表した詩集「ノー・サンクス」に収められた「鳥たち(ここには…)」に基づく。今夜の会場で配られた歌詞カードで言葉が断片化され、時に「( 」(かっこ)が現れるのは作曲家が詩を破壊したからではなく、カミングス元々のスタイルであり、ブーレーズはそれを「自分の音楽の中に取り込もうとした」という。結果、器楽アンサンブルと声楽はテクスチュア(質感)を共有しつつ、緊張感を伴った応酬を繰り返す。レ・メタボール(合唱指揮=レオ・ヴァリンスキ)の合唱は極めて精緻、創設者であるブーレーズ作品の(当然ながら)エキスパートであるEICの合奏ともども「20世紀の古典」の安定を感じさせた半面、ここまで洗練されるとムード音楽一歩手前の心地よさまで覚えてしまうから、厄介な時代になった。

レ・メタボールの合唱が極めて精緻だった(C)平舘平/東京・春・音楽祭2025
レ・メタボールの合唱が極めて精緻だった(C)平舘平/東京・春・音楽祭2025

前半の締めは再びジャレルで、古代インドの聖典の1つ「リグ・ヴェーダ」から引用したサンスクリット語のテキストに基づく「常に最後の言葉を持つのは天のようだ」(2025=ブーレーズ生誕100年にちなむEIC委嘱新作の日本初演)。神秘的に始まり、音響の増大とともに言葉が飲み込まれていく。テキストの解体と再構築という観点から、ブーレーズ作品との一貫した流れをつくったが、どこか既視感を拭えない創作に思えた。何箇所かのソロも担うレ・メタボールの力量はここでも確かだった。

後半はブーレーズの40分に及ぶ大作「シュル・アンシーズ」(1996-98)。20世紀音楽の偉大なパトロンで指揮者、パウル・ザッハー(1906-1999)の90歳を祝って書かれたピアノ、ハープ、打楽器の奏者が3人ずつ、計9人で演奏する器楽曲だ。厳格なセリエル音楽から出発、ジョン・ケージの偶然性理論に出会った後も「管理された偶然性」を主張したブーレーズらしく時間と空間の動かし方を緻密に構築。東京文化会館大ホールのいく分ドライなアコースティックの中に、クールでモダンな音が高い鮮度で飛び交った。耳を澄ませるとジャズなども含め、ザッハーとブーレーズが共有した20世紀の様々な音楽語法のエコーが聴こえてくる。ブルーズの指揮はタクトを使わないにもかかわらずリズムの打点が克明、音のゆらぎを生む場面ではダンサーのように優雅な動きも見せ、硬軟両用の巧みさで名人集団EICの能力をフルに引き出した。最後にかけて何度も現れる〝だめおし〟には老教授の講義に似た冗長感もあったが、演奏の素晴らしさで客席の反応は熱かった。ブルーズは最後、ブーレーズのスコアを高々と掲げてみせた。

(池田卓夫)

ピエール・ブーレーズ「シュル・アンシーズ」。ピアノ、ハープ、打楽器の奏者が3人ずつ、計9人で演奏された(C)平舘平/東京・春・音楽祭2025
ピエール・ブーレーズ「シュル・アンシーズ」。ピアノ、ハープ、打楽器の奏者が3人ずつ、計9人で演奏された(C)平舘平/東京・春・音楽祭2025
最後にブーレーズのスコアを高々と掲げたブルーズ(C)飯田耕治/東京・春・音楽祭2025
最後にブーレーズのスコアを高々と掲げたブルーズ(C)飯田耕治/東京・春・音楽祭2025

公演データ

東京・春・音楽祭2025
アンサンブル・アンテルコンタンポラン I ブーレーズ 生誕100年に寄せて

4月9日(水)19:00東京文化会館 大ホール

指揮:ピエール・ブルーズ
合唱:レ・メタボール
合唱指揮:レオ・ヴァリンスキ
管弦楽:アンサンブル・アンテルコンタンポラン
ホルン:ジャンヌ・モーグルニエ

プログラム
ミカエル・ジャレル:アソナンス IVb
ピエール・ブーレーズ:カミングスは詩人である
ミカエル・ジャレル:常に最後の言葉を持つのは天のようだ(日本初演)
ピエール・ブーレーズ:シュル・アンシーズ

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池田 卓夫

いけだ・たくお

2018年10月、37年6カ月の新聞社勤務を終え「いけたく本舗」の登録商標でフリーランスの音楽ジャーナリストに。1986年の「音楽の友」誌を皮切りに寄稿、解説執筆&MCなどを手がけ、近年はプロデュース、コンクール審査も行っている。

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