ファツィオリの明快な響きを我が物に――ピアニズムに磨きを掛け、新たな境地を示す
2021年の第18回ショパン国際ピアノ・コンクールの覇者ブルース・リウが、芸域をぐっと広げている。今回の来日公演ではチャイコフスキーにスクリャービン、プロコフィエフと、オール・ロシア・プロに挑戦。愛用するピアノ(ファツィオリ)の特性と一体になったクリアなピアニズムに磨きを掛け、新たな境地を示した。

興味を引くのは、ドイツ・グラモフォンに録音まで行ったチャイコフスキー「四季」を1~6月と7~12月に二分し、コンサートの前半・後半冒頭に置いた点。彼の中では、全体の曲順を通じて季節が巡るイメージを作りたかったのだろう。
その「四季」前半から、リウは硬質な透明感が支配する細身のタッチで、くっきり粒立ち良い音色を繰り広げ、スタイリッシュに弾き進めて行く。ふくよかで懐かしい叙情は抑え、スピード感ある運動性を前面に出す。続けて披露したチャイコフスキー(ワイルド編)「4羽の白鳥たちの踊り」では、技巧的な名人技がいっそう強調された。
ファツィオリのピアノが持つ濁りのない明快な響きを我が物として、ホールの隅々までぼやかさず明晰に自分の音を届けられるリウの技量は、大会場で多くの聴衆に向かうピアニストとして大切な資質だろう。その流儀で臨んだスクリャービンのピアノ・ソナタ第4番では、曖昧模糊としたうねりよりも、解像度の高いリリシズムやモダニズムがあふれ出し、新緑が萌えるような快感を呼んだ。

チャイコフスキー「四季」の残りで始まった後半で、季節は夏から冬へ進む。バネのごとく軽快な弾みが精彩を放つ一方、秋の寂りょう感は意外にあっさりしている。
ラストに置かれたプロコフィエフのピアノ・ソナタ第7番、いわゆる「戦争ソナタ」も、標題性を追うよりは感覚的に磨かれた快演となった。厳冬をしのいだレニングラード包囲戦の苦しみや不穏な気分はむしろ希薄で、ラジカルで鮮烈な音響体がダイナミックに現れる。性急な第3楽章プレチピタートは精密なコントロールが行き届いており、見通しよく一気呵成に大団円を迎えた。
アンコールの最後はショパンの「華麗なる大ポロネーズ」で締め、会場の熱狂を誘った。
(深瀬満)

公演データ
ブルース・リウ ピアノ・リサイタル
3月18日(火)19:00東京オペラシティ コンサートホール
ピアノ:ブルース・リウ
プログラム
チャイコフスキー:「四季」Op.37bisより1月~6月
チャイコフスキー(ワイルド編):バレエ「白鳥の湖」Op.20より〝4羽の白鳥たちの踊り〟
スクリャービン:ピアノ・ソナタ第4番 嬰ヘ長調Op.30
チャイコフスキー:「四季」Op.37bisより7月~12月
プロコフィエフ:ピアノ・ソナタ第7番 変ロ長調Op.83「戦争ソナタ」
アンコール
チャイコフスキー:6つの小品Op.51-6「感傷的なワルツ」
ラフマニノフ:パガニーニの主題による狂詩曲Op.43より第15変奏
ショパン:アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ変ホ長調Op.22より

ふかせ・みちる
音楽ジャーナリスト。早大卒。一般紙の音楽担当記者を経て、広く書き手として活動。音楽界やアーティストの動向を追いかける。専門誌やウェブ・メディア、CDのライナーノート等に寄稿。ディスク評やオーディオ評論も手がける。