ホルン王シュテファン・ドールの超絶技巧と大野和士の深みを増した音楽作りが光った都響定期
東京都交響楽団の音楽監督を務める大野和士が約半年ぶりに同オケの指揮台に登場した。大野は頸椎の疾患のため昨年12月の同響定期を降板し治療を行ってきた。

1曲目、都響の創立60周年を記念してベルリン・フィル(BPH)などとともにドイツの作曲家イェルク・ヴィトマンに委嘱したホルン協奏曲は7楽章約40分を要する大作。この日ソリストを務めたBPH首席のシュテファン・ドールが演奏する前提で書かれたという。ホルンのあらゆる可能性を極限まで追求した超絶技巧の難作。昨年5月、ドールのソロ、サイモン・ラトル指揮BPHによって世界初演され、今年1月のベルギー初演は大野が指揮している。

ホルンの聴きなれたサウンドだけでなく、この楽器を通してありとあらゆる音が飛び出してくる印象。音域が広く、時に1人で吹いているにもかかわらず、2つの音程が同時に鳴っているようにも聴こえる。曲全体としては現代音楽らしい調性がなく複雑なリズムが交錯する箇所があったり、映画音楽やマーラーの交響曲の緩徐楽章のような旋律美が際立つ楽章、あるいはロッシーニの「ウィリアム・テル」序曲やヨハン・シュトラウス(父)のラデツキー行進曲の旋律をモティーフにリズミカルに進行したりと、その表情は多彩でめまぐるしく遷移していく。こうした複雑な作品を的確に捌き、変幻自在なソロを柔軟に支えていく大野のバトンの巧みさも光った。
後半は悲愴交響曲。第1楽章はひとつひとつの旋律を深く掘り下げていくような丁寧な演奏。テンポは全体に中庸でどっしりとした感じで、チャイコフスキーの細かな強弱指定による音量の違いが厳密に差別化されていた。第3楽章あたりから大野の気迫がみなぎってきた様子で、それに応えて都響の演奏も熱を帯び始める。終楽章では正攻法のアプローチは変わらないものの、切れ込みの深い表現で最後の最弱音が消えても10秒くらい拍手が出ないほどの集中と緊張感に包まれる締めくくりとなった。

終演後には今月で定年を迎える谷口哲朗(第2ヴァイオリン)、山本修(コントラバス首席)、有馬純晴(ホルン)、佐藤潔(テューバ)のメンバー4人への花束贈呈も行われた。
(宮嶋極)
公演データ
東京都交響楽団 第1017回定期演奏会 Aシリーズ
3月14日(金)19:00 東京文化会館大ホール
指揮:大野 和士
ホルン:シュテファン・ドール
管弦楽:東京都交響楽団
コンサートマスター:矢部 達哉
プログラム
イェルク・ヴィトマン:ホルン協奏曲(2024)[ベルリン・フィル、都響(創立60周年記念)、 ブリュッセル・フィル、ルツェルン響、スタヴァンゲル響、スウェーデン放送響 共同委嘱作品 ※日本初演]
チャイコフスキー:交響曲第6番ロ短調Op.74「悲愴」

みやじま・きわみ
放送番組・映像制作会社である毎日映画社に勤務する傍ら音楽ジャーナリストとしても活動。オーケストラ、ドイツ・オペラの分野を重点に取材を展開。中でもワーグナー作品上演の総本山といわれるドイツ・バイロイト音楽祭には2000年代以降、ほぼ毎年訪れるなどして公演のみならずバックステージの情報収集にも力を入れている。