驚きの連続となった三浦文彰&清水和音ベートーヴェン・ヴァイオリン・ソナタ ツィクルスの大団円
ヴァイオリニスト・三浦文彰とピアニスト・清水和音によるベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ全曲演奏会の第3回を聴いた。最終回となる今回は第8番ト長調、第10番ト長調、休憩を挟んで第9番イ長調「クロイツェル」というプログラム。
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三浦は21日、22日に下野竜也指揮NHK交響楽団の定期公演に出演し、サン・サーンスのヴァイオリン協奏曲第3番のソリストを務めていたが、一夜明けたこの日、疲れも見せずに大作「クロイツェル・ソナタ」を含めた3曲を不安定な面を一切見せずに悠々と弾き切ったことにまずは驚きを覚えた。
次に驚かされたのが、1曲目の第8番の解釈である。テクニックのある若手ヴァイオリニストだけに、アグレッシブに弾くものと想像していたが、意外なまでに穏やかで軽快なアプローチだったからだ。第1楽章からピアノとのリズミカルな掛け合いは決して力むことなく、ベートーヴェンの演奏にありがちな付点音符を殊更に強調するようなこともない。ピアノが旋律を奏で、ヴァイオリンが16分音符の刻みで支えるような箇所でも滑らかに音符を刻み、彩りを添えていく。このようなアプローチによって作品に内包されていた知られざる一面に光が当てられたように感じた。
このスタイルは第10番ト長調でも同様。穏やかで伸びやかな演奏が、作品のキャラクターをうまく表現していた。各楽章の始まりや休符後の弾き始めで2人は特に合図を交わすことなく弾き出すのだが、お互いの呼吸がピタリと合っていたのも驚きであった。両者の相性の良さなのか、それとも清水が三浦の呼吸感を把握して合わせていたのであろうか。いずれにしても自然な形で三浦のソロを支え、時に要所を締めるようなフレーズ処理を行う清水のピアノは、ベテランらしい懐の深さを感じさせるものであった。
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ツィクルスの締めくくりは第9番「クロイツェル」。前半2曲から一転、流麗なタッチで弾き進められ、起伏に富んだドラマティックな演奏。何より三浦のヴァイオリンがよく鳴っていたのが印象に残った。使用楽器は1732年製グァルネリ・デル・ジェス「カストン」。ヴァイオリン・ソナタの演奏にサントリーホールはやや広いのかもしれないが、音量面での不足はまったく感じなかった。終演後、盛大な喝采に応えてシューベルトのヴァイオリンとピアノのためのソナチネ第3番ト短調から第3楽章がアンコールされた。
(宮嶋 極)
公演データ
清水和音&三浦文彰 ベートーヴェン・ヴァイオリン・ソナタ全曲演奏会Ⅲ
2月23日(日・祝)14:00 サントリーホール
ヴァイオリン:三浦 文彰
ピアノ:清水 和音
プログラム
ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第8番ト長調Op.30-3
ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第10番ト長調Op.96
ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第9番イ長調Op.47「クロイツェル」
アンコール
シューベルト:ヴァイオリンとピアノのためのソナチネ第3番ト短調Op.137-3 D.408
から第3楽章
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みやじま・きわみ
放送番組・映像制作会社である毎日映画社に勤務する傍ら音楽ジャーナリストとしても活動。オーケストラ、ドイツ・オペラの分野を重点に取材を展開。中でもワーグナー作品上演の総本山といわれるドイツ・バイロイト音楽祭には2000年代以降、ほぼ毎年訪れるなどして公演のみならずバックステージの情報収集にも力を入れている。