気鋭のピアニストたちが個性を存分に発揮!各曲の魅力を味わい尽くした一夜
若手からベテランまでの5人のピアニストが、ベートーヴェンの5曲のピアノ協奏曲を弾く注目のコンサート。チケットがほぼ完売というサントリーホールは、大勢のピアノ・ファンが詰めかけ、どこか祝典のような晴れやかさ。
上原彩子による第1番は、ハ長調の調性にふさわしい明るさ。脱力の軽やかなタッチで弱音も驚くほど豊かな倍音を感じさせ、表現は精妙精緻。ホールの空気の質までがらりと変わったような第2楽章の柔らかな音色に思わず息をのむ。終楽章はきびきびとしたテンポで音楽を前進させ、低音のフォルテは重厚。オーケストラとともにスピリットに富む。続いて三浦謙司による2番。三浦はやや重心の低い柔らかな音色で落ち着いた演奏を聴かせる。フレーズや和声の情感や性格づけなど表現は整理されていて明快、ふとしたところで内声を浮かび上がらせる。第2楽章では左手は一定のテンポを刻んで右手の旋律をわずかに遅くするルバートが印象的。最後のピアノ・ソロ後の余韻がすばらしく、終楽章はやはり柔らかな音色と律動するリズムが快く、見通しのよい構成感が示される。
第3番は吉見友貴。第1楽章は安定した技術で実直かつストレートな表現が若い人らしく、協奏曲の英雄様式にも適う。第2楽章「ラルゴ」はかなり遅いテンポでフレーズは幅広くどこまでも長い。音色の美しさ、歌の深さはこの人の魅力だろう。終楽章は堅牢だが、しなやかさも。フガート以後表現の純度が上がり、オーケストラとともに気宇壮大なフィナーレに。これからが楽しみだ。そして韓国系アメリカ人ソン・ミンスによる第4番。イム・ユンチャンの師でもあるミンスは、現在ニューイングランド音楽院の教授を務める。仄かな明るさを内包する硬質なタッチでガラスの質感を持つ煌々(こうこう)とした高音が魅力だ。表現は総じて抑制され、知的かつ厳格で造形的。テクスチャーの明度が高く、孤絶した精神を感じさせる第2楽章など、随所に個性的な表現が聴かれる。
横山幸雄による「皇帝」。横山は第1楽章冒頭から気合満々。テンションが高く意思的で、音楽の流れに乗ってオーケストラとともに邁進(まいしん)する。第2楽章のどこまでも深く大きな歌、力強く躍動する終楽章。カラフルな音色、ベテランならではの強靭(きょうじん)かつ巧みな表現が光る。ベートーヴェンはこの5番に至ってソロとオーケストラの合一性を成し遂げたが、まさにそれを実感させた。現田茂夫の気配りのきいた指揮とオーケストラの好サポートもあって(特に木管がすばらしかった)、各人がそれぞれのピアニズムと個性を存分に発揮。各曲の魅力を味わい尽くし、2度の休憩を入れておよそ3時間40分があっという間に感じられた。
(那須田務)
公演データ
ベートーヴェン ピアノ協奏曲全曲演奏会
1月25日(土)17:30サントリーホール
指揮:現田茂夫
ピアノ:上原彩子、三浦謙司、吉見友貴、ソン・ミンス、横山幸雄
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
プログラム
ベートーヴェン:
ピアノ協奏曲第1番ハ長調Op.15
ピアノ協奏曲第2番変ロ長調Op.19
ピアノ協奏曲第3番ハ短調Op.37
ピアノ協奏曲第4番ト長調Op.58
ピアノ協奏曲第5番 変ホ長調Op.73「皇帝」
なすだ・つとむ
音楽評論家。ドイツ・ケルン大学修士(M.A.)。89年から執筆活動を始める。現在『音楽の友』の演奏会批評を担当。ジャンルは古楽を始めとしてクラシック全般。近著に「古楽夜話」(音楽之友社)、「教会暦で楽しむバッハの教会カンタータ」(春秋社)等。ミュージック・ペンクラブ・ジャパン理事。