谷昂登(ピアノ)&水野優也(チェロ)リサイタル

ありあまる技巧を味方に力強く駆け抜けた独奏、呼吸を楽しむ余裕を見せたデュオ

トッパンホールは若手奏者の育成を、企画の柱のひとつに据えている。これはという才能には折に触れてチャンスを与え、成長を促してきた。ピアノの谷昂登(あきと)も、そんな1人。昨年9月から独ケルン音大に在学し、本場で腕を磨き始めた新鋭だ。当夜も前半は谷の独奏、後半でチェロの水野優也が加わる構成で、あくまで主役は谷だ。演目は当初、ベートーヴェンとブラームスを前・後半に並べる有意な形だったが、直前で前半のメーンがシューマンに変わった。

現在ケルン音大に在学する期待の若手ピアニスト、谷昂登が登場。撮影:藤本史昭/提供:トッパンホール
現在ケルン音大に在学する期待の若手ピアニスト、谷昂登が登場。撮影:藤本史昭/提供:トッパンホール

前半は変奏曲がテーマ。ベートーヴェン「幻想曲」作品77で谷はダイナミックな打鍵を駆使し、調が動く複雑な曲想を鮮烈に解き明かしていく。弱音部分では柔軟な質感を繰り出して変化をつけるなど、工夫がみられた。
ありあまる技巧を味方に力強く駆け抜ける点では、本人の希望で変更されたというシューマンの交響的練習曲も同工。高い運動性をもって全曲を貫くモメンタム(勢い)が快感を呼ぶ。時に思わせぶりな表情や右手方向の尖鋭なタッチが、若武者らしさを強調する。
終盤に挿入された補遺からの2曲は、叙情を深める効果をもたらした。留学で得る作品の大局観や多彩な表現力は、終曲の晴れがましい高揚感を一層、豊穣にするだろう。

後半は、チェロの水野優也とのデュオを披露した。撮影:藤本史昭/提供:トッパンホール
後半は、チェロの水野優也とのデュオを披露した。撮影:藤本史昭/提供:トッパンホール

後半に加わったチェロの水野優也も、国内で優れたコンクール歴を持つ気鋭。飾り気のない実直な奏風で、ベートーヴェンの「魔笛」変奏曲とブラームスのチェロ・ソナタ第1番を披露した。特に後者では、はったりのないストレートな解釈で曲の特質を引き出した。
谷はこれに反応し、第1楽章提示部の繰り返しで明確にニュアンスを変えるなど、細やかな配慮を示した。時折、相手に仕掛けてみたり、呼吸を楽しんだりする余裕も見せ、共演を通じてデュオの心得を吸収していった。
企画側の親心が透けて見える、トッパンホールならではの今季最終公演だった。

(深瀬満)

公演データ

谷昂登(ピアノ)&水野優也(チェロ)リサイタル

8月20日(火)19:00トッパンホール

プログラム
谷昂登ソロ
・ベートーヴェン:幻想曲 ト短調 Op.77
・シューマン:交響的練習曲 Op.13

水野優也&谷昂登
・ベートーヴェン:「魔笛」の主題による7つの変奏曲 変ホ長調 WoO46
・ブラームス:チェロ・ソナタ第1番 ホ短調 Op.38

アンコール
シューマン:夕べの歌 Op.85-12(チェロとピアノ編)

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深瀬 満

ふかせ・みちる

音楽ジャーナリスト。早大卒。一般紙の音楽担当記者を経て、広く書き手として活動。音楽界やアーティストの動向を追いかける。専門誌やウェブ・メディア、CDのライナーノート等に寄稿。ディスク評やオーディオ評論も手がける。

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