「青年期」への甘い追憶と決別の妙〜ハーディングと都響の初共演
都響は新日本フィル、東京フィルに次ぎ、ハーディングが客演した 3つ目の在京オーケストラに当たる。コロナ禍で幻に終わったハーディングと都響の初共演がようやく実現した。1999年、24歳でエクス・アン・プロヴァンス音楽祭日本公演、ピーター・ブルック演出「ドン・ジョヴァンニ」(モーツァルト)でマーラー・チェンバー・オーケストラを指揮して日本デビューしてから25年。都響でもヴァイオリン群を左右に分ける対向配置を採用、コントラバスは下手(客席から見て左)側に並んだ。
ベルクの歌曲は作曲家自身による管弦楽版の初演こそ1928年だが、元のピアノ伴奏版は1905〜08年とごく若い時期(20〜23歳)に書かれ、マーラーが第1交響曲の決定稿を初演指揮した時点(1896年)とは、10年前後の隔たりしかない。しかもマーラーが同曲の初稿を作曲したのは24〜28歳だから、ともに若書きを起点とする。
「7つの初期の歌」を独唱したスロヴェニアのソプラノ、ゴリッチも1990年生まれと若い。オペラではモーツァルトの諸役や「リゴレット」のジルダ、「愛の妙薬」のアディーナ、「こうもり」のアデーレなどを歌っているといい、コロラトゥーラ系のスリムな声質だが、音に芯があり、独特の憂いを含んだ音色が12型(第1ヴァイオリン12人)のオーケストラを突き抜け、しっかりと伝わってくる。ドイツ語の発音も確かで、甘く切ない若者の愛の世界を克明に歌う。ハーディングが整える管弦楽の繊細なカンバスとは繊細な音色だけでなく、デュナーミク(強弱法)のベクトルまで見事に一致していた。
マーラーは15型に拡大。序奏は徹底した弱音で始まり、第1主題を奏でるチェロの響きの柔らかさにも驚く。基本は颯爽(さっそう)としたテンポで、緩急のメリハリをはっきりつける。どんな強奏であっても金管楽器のアタックは角張らず、フルートの松木さや、オーボエの広田智之、クラリネットの伊藤圭(ゲスト)、ファゴットの長哲也ら木管首席のソロも美しく響く。クライマックスに差しかかったあたりで、地震アラートが客席のあちこちで作動したが(電波抑止装置を突き抜けて鳴ることがわかった)、演奏は問題なく続いた。
第2楽章の出だしは当然ゴツゴツ、リズムも強調されるが、汚い音は決して出させず、ウィーン風の優美さを保つ。レントラー風の中間部ではポルタメント(滑らかな音程移行)も採用して、甘く、はかない夢のような世界が一瞬現れた。第3楽章の開始ではコントラバス首席、池松宏のソロが光る。ハーディングは絶望の中に一抹の甘さを漂わせ、「さすらう若人の歌」の第4曲「彼女の青い眼が」を引用した中間部の夢の世界との一体感を明らかに意識していた。コンサートマスター水谷のソロも美しく、繊細だった。
アタッカ(切れ目なし)で入ったフィナーレに至り、ハーディングは遂にオーケストラのパワーを全開したが、ヴァイオリン群をはじめとする音の美しさは一貫して保たれる。第2主題に入ると再び、繊細さが際立つ。激しいエネルギーの爆発と一瞬の逡巡、あるいは追憶の視線の対照とがかなりはっきり描き分けられ、マーラーがこの交響曲を通じ、自身の青年期への決別を宣言したような趣が生まれた。最後はお約束通り、ホルン全員(とトロンボーン1人)の起立で華々しく締めくくられた。ものすごい熱量のブラヴォーが飛び交い、ハーディングのソロ・アンコールに至った。初共演は、大成功だった。
私が都響によるマーラーの「巨人」を最初に聴いたのは1970年代末。第2代音楽監督で、都響にマーラー演奏の礎を築いた渡邉曉雄の指揮だった。それはそれで美しい思い出ではあるけれど、オーケストラの演奏水準には今昔の感がある。50年足らずの間に都響、あるいは日本のオーケストラ全体が成し遂げた進歩の大きさを改めて思った。
(池田卓夫)
公演データ
東京都交響楽団第1006回定期演奏会Bシリーズ
8月9日(金)19:00サントリーホール
指揮:ダニエル・ハーディング
ソプラノ:ニカ・ゴリッチ
管弦楽:東京都交響楽団
コンサートマスター:水谷晃
プログラム
ベルク:7つの初期の歌
マーラー:交響曲第1番二長調「巨人」
いけだ・たくお
2018年10月、37年6カ月の新聞社勤務を終え「いけたく本舗」の登録商標でフリーランスの音楽ジャーナリストに。1986年の「音楽の友」誌を皮切りに寄稿、解説執筆&MCなどを手がけ、近年はプロデュース、コンクール審査も行っている。