ウィンナ・ワルツから調性のない音楽へ――新ウィーン楽派の世界へと誘われた演奏会
東京・春・音楽祭はザルツブルク音楽祭のように同じ日に複数会場で多様な公演が開催されている。11日夜、東京文化会館大ホールでは「ラ・ボエーム」の公演が行われた。こちらは香原斗志氏の速リポをご覧いただきたいが、筆者は隣の小ホールにおける「シェーンベルクとウィーン」と題された室内楽コンサートについて報告したい。
今年はシェーンベルクの生誕150年のメモリアル。これにちなんで企画された公演だが、プログラムが面白い。前半はヨハン・シュトラウス2世のウィンナ・ワルツの室内楽編曲版。詳細は公演データを参照いただきたいが、ウィンナ・ワルツをシェーンベルク、ベルク、ヴェーベルンの新ウィーン楽派の3人が室内楽用に編曲した4曲。後半はマーラー(シェーンベルク編)「さすらう若人の歌」(バリトン=与那城敬)、シェーンベルク(ヴェーベルン編)の室内交響曲第1番、ブルックナー(アイスラー編)交響曲第7番第3楽章。調性が曖昧で複雑な響きがする新ウィーン楽派の作品が苦手でも、慣れ親しんだ作品の編曲版であれば聴いてみようと思った人も多かったのではないだろうか。実はこれ、シェーンベルクらがこれらの編曲版を多数作った最大の動機でもあった。
ワルツ4曲は弦4部にピアノ、オルガンの編成。最初の3曲は通奏低音のように鳴るオルガンが時折、複雑な和声を作り出すことを除けばウィーン・リング・アンサンブルのような雰囲気。ただ、皇帝円舞曲だけは序奏部分から主旋律以外のパートに調性を超えた響きが現れ、次第に新ウィーン楽派の世界に誘われていく。続くマーラーも同様で、いよいよシェーンベルク本人の室内交響曲となると、調性のない世界が前面に出現するが、こうした音楽がウィーンの伝統に根ざし、その延長線上にあることが自然と伝わってきた。
ほとばしる若手の才気とベテランの〝落ち着き〟がかみ合った好演
豊嶋泰嗣(第1ヴァイオリン)を中心とした当夜のアンサンブルは、甲斐雅之(N響首席フルート)、福川伸陽(N響前首席ホルン)らベテランの名手と、橘和美優(第2ヴァイオリン)、横坂源(チェロ)、幣隆太朗(コントラバス)ら気鋭の実力派若手の混成。若手のほとばしる才気とベテランの音楽を深く掘り下げようとの〝落ち着き〟がうまくかみ合って、シェーンベルクらが意図した効果が十分に表現されていた。「さすらう若人の歌」を歌った与那城敬の朗々とした美声も良かったが、会場が小さいだけにもう少しだけデリケートな表現があれば、より深みが増したのではないかと感じた。とはいえ、当夜のような演目をこうした高水準の演奏で聴くと新ウィーン楽派の複雑な音楽もたまには聴いてみようという気になるものだ。記念イヤーにふさわしい好企画であった。
(宮嶋極)
公演データ
東京・春・音楽祭2024
シェーンベルクとウィーン~生誕150年に寄せて
2024年4月11日(木)19:00 東京文化会館 小ホール
ヴァイオリン:豊嶋 泰嗣、橘和 美優
ヴィオラ:中村 洋乃理
チェロ:横坂 源
コントラバス:幣 隆太朗
フルート:甲斐 雅之
クラリネット:コハーン・イシュトヴァーン
ホルン:福川 伸陽
打楽器:竹島 悟史
バリトン:与那城 敬
ピアノ:兼重 稔宏、佐藤 卓史
オルガン:大木 麻理
プログラム
ヨハン・シュトラウスⅡ(シェーンベルク編):ワルツ「南国のバラ」Op.388
ヨハン・シュトラウスⅡ(ヴェーベルン編):「宝のワルツ」Op.418
ヨハン・シュトラウスⅡ(ベルク編):ワルツ「酒、女、歌」Op.333
ヨハン・シュトラウスⅡ(シェーンベルク編):「皇帝円舞曲」Op.437
マーラー(シェーンベルク編):「さすらう若人の歌」
シェーンベルク(ヴェーベルン編):室内交響曲 第1番 ホ長調 Op.9
ブルックナー(H.アイスラー編):交響曲 第7番 ホ長調 WAB107より 第3楽章
みやじま・きわみ
放送番組・映像制作会社である毎日映画社に勤務する傍ら音楽ジャーナリストとしても活動。オーケストラ、ドイツ・オペラの分野を重点に取材を展開。中でもワーグナー作品上演の総本山といわれるドイツ・バイロイト音楽祭には2000年代以降、ほぼ毎年訪れるなどして公演のみならずバックステージの情報収集にも力を入れている。